あたらしい年



 大晦日の夜は、いつもの仲間が武藤家に集まり今年最後のごちそうを食べ、ゲームやどんちゃん騒ぎに、いつの間にか新年を迎えていた。
 気が付けばアルコールなんかも入っていて。
「これくらい平気、へーき」
 双六の持ってきたアルコールが、皆のコップにつがれていく。

 遊戯は年越しそばを食べた時までの記憶はあったが、そっから先はあやふやだった。部屋にはこたつに雑魚寝する城之内に本田、漠良に御伽に双六の姿があった。杏子の姿がないのは、帰ったからだろう。
 喉が渇いて目覚めた遊戯は、台所に向かう。肌寒い空気に首をひそめ、水道から水を出す。冷たい水を飲み、体が少し覚醒すると遊戯は首に下げた千年パズルを持ち上げた。
「あけましておめでとう、もう一人のボク」
 新年最初の挨拶を〈もう一人の遊戯〉に交わす。
『・・・おめでとう。相棒』
 もう一人の遊戯も挨拶を返す。
 過去の記憶を持たず、どうやらエジプトのファラオらしい<もう一人の遊戯>は正月がなんたるかはわからなかった。だが大晦日から新年にかけ騒いでも怒られず、双六までが一緒に騒ぐくらいだから無礼講なんだろうと考えた。

「明るくなってきてる・・・初日の出もすぎちゃったな」
 台所の窓から、外を見て遊戯がつぶやく。
『見たかったら、言ってくれればよかったのに。そうすればちゃんと起こしていたぞ』
「ううん。そこまでしたかったんじゃないんだ。あ!じゃあ初日の出の変わりに初詣に行こう」
『”はつもうで”?』
「うん!」
 遊戯はうれしげに自分の部屋に行き、コートを取り出す。その足取りはふらついている。どうやらまだアルコールが抜けてないらしい。その様子を心配げに〈もう一人の遊戯〉は見守る。そして考える。”はつもうで”とは?

 静かに外に出た遊戯に早速尋ねた。
「んっとね、年の初めにお参りすることだよ」
 遊戯は大きな神社には向かわず、近所の小さな神社に向かっていた。そこは子供の頃よく遊んだなじみの場所で、いつもここに来るときはわくわくした気持ちがあった。大きな木々が周りを囲み、 いつも薄暗くひんやりした不思議な空間だった。
「ここでよく遊んだんよ。夏なんか甲虫でしょ、アブラゼミに、蝶々とか樹の蜜を吸いに、いっぱい虫が集まるんだよ」
 遊戯は奥の大きな木を示す。ひかれた小石の感触が足に伝わる。
「なっつかしいな。小学校以来だ」
 なにも変わってない場所。だけど何かが違っていて、遊戯は不思議そうに中を歩いていく。見知らぬ物や、いつの間にか新しくなった物。自分の思い出にない物が増えていた。それだけじゃない違和感。

 そっか・・・僕が大きくなったんだ。

 生い茂る樹や虫がたくさんいる魅力的だった場所。
 いつの間にか興味はここから、違う世界に移っていく。いつしか行かなくなり、遊戯の中で忘れ去られた場所になっていた。
 ほんの数年前のことなのに、懐かしく切ない気持ちになり、遊戯は千年パズルを握りしめた。

 大人になるって、こういうことなのかな・・・



 カランカランカラン!

 急に大きな音が響く。振り向くと、誰かがお参りをしていた。
『すごいな。俺達以外にも”はつもうで”してる人がいるぜ』
 時間はまだ早朝。もう一人の遊戯は不思議そうにお参りの様子を見ている。
『なあ、早くお参りしよう。あのガラガラならしたい』
 うれしそうな〈もう一人の遊戯〉に、なんだか子供みたいだな、と遊戯は笑って先に進んだ。
『鳴らしていいか?』
 そんな顔したら断れないよ、遊戯は〈もう一人の遊戯〉と入れ替わった。

 カランカランカラン!

 曇った鈴の音が神社に響く。遊戯は心の中で目を閉じ手を合わする。
『なにしてるんだ?』
 〈もう一人の遊戯〉が尋ねる。
「お参り」
『コレ、鳴らす以外になにをするんだ?』
「うんとね、新年の抱負とか、希望とか、お願いとかするんだよ」
 間違ってないよね・・・と考える。なにも知らない〈もう一人の遊戯〉に間違ったことを教えるわけにはいかないのだ。
『なるほど』
 納得した〈もう一人の遊戯〉は、さっきの人がお参りしてたのと遊戯がしたように、目を閉じ両手をあわせた。その神妙な様子がなんだがおかしくて、遊戯は笑いのを一生懸命押さえながら拝んだ。

「あ!」
『どうした?』
「財布忘れた!!」
 入れ替わった遊戯はコートの、ズボンのポケットを探すが、なにも出てこない。それでもごそごそとポケットに手をつっこんで探してしまう。
「あ」
 そこの方から出てきたらしい百円玉。遊戯は笑って賽銭箱に百円玉を投げ入れる。
「もっかい拝んどこっと」
 そういうと遊戯はもう一度、目を閉じ合掌した。

「〈もう一人の僕〉の願いが叶いますように」

 〈もう一人の遊戯〉がびっくりする。
『”はつもうで”って『新年の抱負とか、希望とか、お願い』とかなんだろ?俺のことなんか―――』
「『俺のことなんか』?僕のお願い事にケチつけない!」
 怒ってるような、笑ってるような遊戯の声に、〈もう一人の遊戯〉は胸がつまるような、あったかい気持ちが広がっていく。

『ありがとう・・・』
「・・・またお昼ごろにみんなで初詣に行こうね」
 遊戯は〈もう一人の遊戯〉に微笑む。その頬が赤いのは、まだ酔いが残ってるせいなのか、寒さのせいなのか、照れてるのかその全部なのか。



 新しい年に、何度も祈る。
 〈もう一人の僕〉が
 相棒が
 しあわせでありますように。



 この一年、みんなが幸せでありますように。

 あけましておめでとう。


02/12/29 ★ MAGIC CHANNEL / キル