5.『 言葉 』



 退屈な授業の合間に、ポケットの中の不二の携帯が小さく震える。
 誰からかはわかっている。教師が黒板に向かっていたので、不二は後ろを振り向いた。今まで背中に感じてた視線と目が合う。不二を見て目を三日月のようにして笑う菊丸からのメール。

 不二周助はメールがあまり好きじゃない。
 便利だけどあまり使わない。好きではなかった。気軽すぎて誰彼なく連絡が入り、知らない人からの電話にメールに一言『ウザい』と切り捨てる。それを笑顔で言うモノだから、その場にいたテニス部レギュラー陣は極力、不二の携帯に用件以外入れなくなった。



 ・・・菊丸以外は。



 菊丸は日々何通も不二にメールを送る。不二からの返事はそう返ってきたことはない。
「ねぇ、たまには返事送ってよ」
 文句を言うと、にっこり笑顔で
「やだ」
 一言のもと返され、菊丸は口を尖らすことになる。それでも菊丸はめげずに何度も何度もメールを送る。不二の携帯が菊丸の電波を拾って小さく震える。

『外見て!1・2組体育。いーな。手塚発見!』
 ぼんやりと窓の外を見ると、外に出て準備運動をしてる人影が見える。そのどこに手塚がいるのか普通わからない。菊丸の動体視力ならではのことだ。
 退屈な授業より、体を動かせるのは羨ましい。季節が冬でなかったら。
 ぼーっと外を眺めていると、また携帯が震える。



「なんでそんなにメールが好きなの?」
 一度不二はたくさん送られる菊丸メールに呆れて尋ねた時がある。
「めんどくさくない?」

 送られるメールはたわいのない、休み時間に話せばいい内容で。
 教科書P136の写真が大石そっくり!とか、天気悪いー今日の部活どうなる?とか、帰りどこ寄る?とか、今日泊まりにいっていい?とか。

「だって言いたいことがいっぱいあるんだもん!」
 大いばりの答えが返ってきた。
「授業中話せないし、今、言いたいことだからメールするしかないっしょ」
「そうだけど。僕とエージはこんなに近くいるんだよ。だから、いっぱい話したいよ」
「うん!」
 うれしくなって菊丸は不二にぎゅっと抱きついた。
 温かい体。不二の匂い。さらさらの柔らかい髪。背中をポンポンしてくれる手。
 不二がいるという体感、実感。これはメールでは伝わらないモノ。
「だけどね。これからも送ると思うよ」
 菊丸がそう言って笑うから。
「仕方ないな」
 不二は溜息と共に苦笑する。



 どれだけそばにいても、伝わらないモノもある。
 どれだけそばにいても、ずっと一緒にはいられない。



 学校が終わって一緒に帰る。あの角を曲がればちょうど分かれ道。
・・・だけど。
「寄り道しよ」
「うん。今日はどこ行く?」
「今月ピンチだからにゃ〜」
「今月『も』でしょう」
「『いつも』かも・・・」
「青学ご近所グルメツアーはまた来月だね」
「隠れた名店探しだからな」
「僕の注文(超激辛)聞いてくれるとこもできたしね」
「・・・制服着てるのに何度か女の子に間違われたよな(それで超激辛なんて注文も受け付けられたと思うぞ)」
「・・・・・・・・・・」
「・・・えっと、公園に行く?」
「・・・・・」



 知らない道を探して歩いたり、互いの家に行って勉強したり、テニス部に遊びに行ったり、忙しい夕暮れ時。
 無駄に明るい自動販売機にコインを入れてボタンを押す。今日は缶コーヒー(無糖)と、他のメーカーより甘い!と菊丸ご推薦某メーカーミルクティ。120円で買えるあったかい幸せ。
 部活も一緒。クラスも一緒。毎日会って電話してメールが送られ休日も会って一緒にいる。話すことはたわいのないことばかりだけど、楽しくて二人で笑って額をつきあわせて真っ赤な鼻がぶつかってそっとキスしたりする楽しい時間。

 夕暮れはあっという間に闇に変わり、二人の秘密を守ってくれる。そのかわり・・・冬の空気が 二人の体を冷やしていく。吐く息はどんどん白くなり、つないだ手はどんどん冷たくなる。
 真っ暗になった公園と、近くの住宅の明かりと、どこかの今日の夕飯の匂いがしてくる。
「・・・そろそろ帰ろっか」
「暗くなるの、早いな・・・」
「そうだね。早くなった」
「夕飯だな」
「うん」
 確かめるように、何度も何度も帰る理由を口に出して言う。早く帰らないと家の者が心配するし、夕飯の支度もある。二人を待ってる温かい家がある。
 帰りは二人とも無口になって、どちらもあまり話さない。通りを歩く人もまばらで、手をつないでいても闇が隠してくれる。ただゆっくり歩いていて、曲がり角の所まで戻っていく。

「また、明日」
 不二が優しく笑って、先に手を離す。
「メールするから」
 なくなったあたたかさを見るようにつないでいた手を見て、それから不二に手を小さく振る。
「明日会って話せばいいよ」
「だーめ。メールします。返事送れよ!」
「うん(極上笑顔)」
「・・・(ウソツキめ!)絶対だぞ!」
「わかってるって」
「ぜーったいの、絶対!」

 お互いに反対方向にある家に帰っていく。決して振り向かないのが、暗黙のルールだけど。時々振り向いて相手が見えなくなるまで見送るときもある。
 あの角を曲がるまで。
 そう自分に言い訳して。



 子供の時間はたくさんあるのに一緒にいる時はあまりに少ない。



 今、言いたいことがいっぱいあるんです。
 時間も距離もなくしてしまいたくて、逢えないなら伝えたい。

 ―――僕らのコトバは、電波にのって。


03/02/03 ★ MAGIC CHANNEL / キル