26.『 猫 』



 大きな部屋の窓辺に真っ白な猫が眠ってます。
 真っ白で小さな子猫の名前を『ふじ しゅうすけ』といいます。不二さんちで生まれた子猫です。
 他にも兄弟がいたのですが、みんなどこかにもらわれていきました。本当は『しゅうすけ』も誰かにもらわれていくはずだったのですが、体が弱く、何日か病院に入院しました。不二さん家に帰ってくると、母猫は『しゅうすけ』のことをすっかり忘れてしまって、『しゅうすけ』の世話を全然しませんでした。
 そんな『しゅうすけ』の世話をしたのが、裕太くんでした。
 裕太くんがミルクを飲ませたり、一緒に遊んだり、しつけをしたり、『しゅうすけ』をかわいがりました。
 だから『しゅうすけ』は裕太くんが大好きです。大きな手で撫でてもらうと、うっとりします。

 でも、裕太くんは忙しくてなかなか家にいません。
 『しゅうすけ』はとってもさみしいです。裕太くんが帰ってこないかなー、と最近は窓から外を見るようになりました。
 『しゅうすけ』は家猫なのでお外には行けないのです。

 お外を見ていると、いろんなものが動いています。
 空に小さな蝶がひらひらと舞うのを見て、わけもわからず飛びつこうとして窓に体をぶつけて、痛い思いをしました。それからはこんな失敗はしないぞ!と注意しています。

 小さな鳥が不二さん家の庭で地面をつついています。ひょこひょこ動いてる様子に、また飛びつこうとして窓に体をぶつけました。鳥は驚いて逃げてしまいました。
 少ししてまた鳥がやって来ました。また窓に体をぶつけたら鳥は逃げてしまうので、『しゅうすけ』はじっとガマンして、鳥の様子を見てました。

 すると。

 茶色いかたまりが、一瞬にして小鳥を仕留めました。

 無事だった鳥達は慌てて空に逃げていきました。
 茶色のかたまりは、よく見ると『しゅうすけ』と同じ猫です。茶トラの小さな猫です。自分と同じくらいの子猫が鳥を仕留めたのを見て『しゅうすけ』は胸がドキドキしました。

「すごい!すごい!」

 『しゅうすけ』の声で茶トラがこっちを向きました。挑戦的な目で『しゅうすけ』を見ました。しかし家の中にいるのを見て、バカにしたように『しゅうすけ』の前で捕った鳥を食べ出しました。
「食べるの?!」
「・・・当たり前だろ」
「食べてもいい物なの?」
「食ったことないのか?」
「ないよ」
 なんにも知らない自分よりも小さな猫に茶トラの猫は呆れました。
「ほら、ちょっとしか残ってないけど、食っていいぜ」
 さっきまで食べていた鳥を『しゅうすけ』に差し出しました。
「・・・そっちには行けないの」
 『しゅうすけ』は困ったように言いました。透明な窓にカリカリと爪を立てます。

「ねえ、それはおいしいの?」
「・・・ああ、うまいよ。お前はなに食ってんの?」
「僕?僕はねー、裕太くんがくれるもの!」
「ゆうた?」
「うん、裕太くん!」
 『しゅうすけ』は幸せそうに裕太くんの名前を呼びます。
 茶トラの猫は少し不機嫌になりました。
 茶トラは野良猫です。でも一度は人に飼われたことがあるのですが、また捨てられて、人間不信なのです。
「裕太のくれるものより、こっちの方が絶対おいしいから!」
 怒ったように言われて『しゅうすけ』は困ってしまいました。
「キミも裕太くんの出してくれるもの食べれたらいいのに・・・」
「いらねーよ。お前、名前なんていうんだ?」
「僕は『ふじ しゅうすけ』だよ。キミは?」
「俺は『エージ』。『しゅうすけ』、今度もっとうまいもん持ってくるから、今度は食えよ!」
 ビシッと前足を『しゅうすけ』の方に向けて指すと、『エージ』はどこかに行ってしまいました。

 まだ胸がドキドキします。
 目の前には動かない鳥だけが残ってるだけです。動かない鳥より『エージ』が目の前にいてくれたらいいのに、と思いました。『しゅうすけ』は『エージ』の行った方向を窓に顔をくっつけてずっと見ているのでした。
 大好きな裕太くんが帰ったのにも気付かないほどに。


04/09/21 ★ MAGIC CHANNEL / キル