16.『プール 』



 熱かった。
 外で部活をするには強烈にキツイ温度だった。
 うなるような熱気が襲い、日差しがじりじり人を焼き、汗が体中貼り付くように滲んでいく。

 ランニングが終わって、汗で濡れた頭に水をかける。首を振るとまるで、まるで水浴びをした犬のようだった。
 この熱さに気をつけねば熱中症の危険があり、水分補給が怠れない。のどの渇きを癒すために水を飲むのだが、飲んだ先から汗になって滑り落ちていくようだった。

 休憩時間、木陰でへたり込んだ不二と菊丸が、二重奏のようにしゃべっていた。
「あーつーい」
「あつーい」
「かき氷、食いたいー」
「プール・・・」
 見上げた空は、どこまでも澄んいて、プールのように青くひろく広がっている。
「プール、いいねえ」
「冷たい水の中にざぶーん」
「泳ぎてーッ!」
 ジタバタと動いて無駄に熱くなる菊丸だった。

「『泳げたいやきくん』のように?」
 同じように木陰に休みに来た乾がぼそっとつぶやいた。
「たいやきくんのように泳ぐんだ!」
 どこかハイになったような不二が、夢見るように言う。
「でもたいやきくん食われる運命だったな」
 たいやきくんの歌詞を思い出し、乾が言った。
「すげーよな。前から思ってたけど、しゅーるだよなあ。さっきまで海で泳いでいたたいやき、食っちまうなんて!」
「よっぽど釣った人、お腹空いてたんだよ」
 さらりと不二が答える。横で乾は「それはどうだろう」と首を傾げた。
「その前に釣った魚の方食えって」
「ボーズだったんだよ」
「ボーズって?」
「魚が一匹も釣れなかったってことだ」
 乾の解説に不二が頷く。
「坊主の人がボーズならこれいかに?」
「おーもーしーろーくーなーい」
 ジタバタと動いて無駄に熱くなる不二だった。




 部活が終わり、辺りはまだ明るく、時間はゆっくりと感じられた。疲れた体を引きずって、帰路に向かいトボトボと歩く。
 少しすると菊丸が立ち止まり、不二の腕を取った。
「どしたの、エージ」
 疲れた声が不二から返ってきた。菊丸はぼんやりと何かを見ていたが、不二の方に顔を向けるとキラキラとした目をしていた。
「プールじゃないけど」
「ないけど?」
「あそこ行こう!」
 菊丸が指さした先、それは銭湯だった。

「こんなところに銭湯があったんだ」
 不思議そうに不二は中に入った。不二はそれほど銭湯に行った記憶はない。風呂屋がないのもあるし、家風呂があるので、学校行事な旅行や合宿の時でないと、大きな湯船に入るということはなかった。
 菊丸の方は慣れた様子で、気に入った番号の下駄箱に靴をしまい込んでいる。
「タオルはあるとして、後は石鹸だけで買うか」
「えー、シャンプーとリンスは?」
「石鹸ですます」
「えー!?出来るの?」
「できるよ。やったことあるし。でも次の日、髪すげえけど」
 経験がある菊丸はニシシッと笑った。
「そういえば石鹸シャンプーとかあるね」
 どこか納得したように不二が頷く。

 中に入ると、天井が高く、板間とお風呂屋の独特の匂いがして不二はなんだか懐かしくなった。まだ混む時間じゃないのか、人の姿はなかった。
「女の子はこっちだよ」
 番台のおじさんは不二を見て言った。菊丸が慌てて「こっちでいいんだよ」と入船料を払った。不二は無言で入船料を払って中に入った。おじさんは少し不思議そうな顔でお金を受け取った。菊丸はその後石鹸を買った。

 二人は上着を脱いでいくと・・・不二は菊丸の体を見て、目をまんまるくして驚いた。
「すごっ!」
「なに?」
 菊丸が自分の体を見ると。
 日に焼けて、シャツの日焼け跡が二の腕にくっきりとついていた。
「うわっ!すげ!テニス焼けだ!」
 そういってケタケタと笑った。そのままトランクス一枚まで脱ぐと短パンの跡と、ソックスの跡がくっきりついている。
「今年もパンダだ!タンクトップ着れねー!サンダル履けねー!」
 そう言ってるが嬉しそうに笑っている。

 不二も脱いでいくが、菊丸のようにくっきりとではなく、真っ赤になっていた。不二は焼けにくい方なので、日に焼けた部分は真っ赤になるのだった。
「不二のは・・・なんか痛そう」
「うん。ちゃんとケアしないと大変かも。日焼けって低温火傷でもあるからね」
「そーだね」

 中にはいると、幸運にも誰もいなかった。
 大きな湯船が2つ、奥には小さなサウナと水風呂、別の部屋には薬用風呂と泡風呂があった。
 あたたかい湿度が全身を包んでいく。隣の女湯から小さな声とカポーンという音が聞こえた。

 不二と菊丸の目が合うとうなずき合う。
 二人はすばやくかがり湯をすますと、一目散に、水風呂に飛び込んだ。

「きっもちいー!」


04/09/21 ★ MAGIC CHANNEL / キル