Snow White



 白い嵐が去り、辺りは一面まっ白な雪景色になっていた。
 身も凍りそうな寒さに、白く冷たい空気を吸い込むと肺が痛くなる。そんな人里離れた山の中、申公豹はひとり歩いていた。

 申公豹は雪道を歩くのを好んでいる。
 もちろん黒点虎も誘うのだが、寒さを嫌って一緒に歩くことはない。ただ心配そうに申公豹を送り出す。

 どんくさい時があるから・・・

 最強の宝貝を持ち、自身も最強の道士と言われる申公豹のことを、最強の霊獣は心配する。



 一歩あるくごとに積もった雪で足首まで埋もれる。後ろには申公豹の足跡だけがてんてんと続いている。降り積もった処女雪を歩くことを、黒点虎の心配をよそにまるで子供のように申公豹は楽しんでいた。

「あっ!」
 そのうちに、何もないところでつまずく。
 ボスッ!
 受け身を取ることもなく、顔から積もった雪にぶつかる・・・こと数回。行き倒れのように倒れたまま、申公豹は嬉しそうにクスクス笑う。

 人間だった頃の記憶などもうおぼろげだが、雪のことは覚えていた。空から降ってきた小さな結晶はきれいに思えた。だが雪で遊ぶような子供らしい思い出はなにもなかったが。
 誰もいない場所におもむき、雪の上を歩く。それでも十分に申公豹には楽しいことだった。

 時折、樹の枝に積もった雪が重みに耐えられず大きな音を立て落ちたり、動物が通りかかっても申公豹を不思議そうに見て通りすぎていく。
 灰色の雲間から白い雪がひらり、はらりと舞い降りている。
 雪が申公豹の大きな瞳に入り、溶けるとまるで涙のようにぽろりと流れ落ちた。
 何もかも雪が覆い被さった銀世界。少しずつ、雪が申公豹を覆い隠していく。
 申公豹は目を閉じる。
 視覚を閉ざすと、さっきまで気付かなかった大地のエネルギーを感じ取れた。
 ドクンドクンと深奥で活動する力。それは地球と一体となった妲己のパワーなのかもしれない。
 封神計画を利用し、女[女咼]を利用し、全てを賭けた妲己は自分の望みをかなえた。
 永遠のような人生に望みを持ち、それを達成した妲己。それは同じように永遠のように生きなければならない申公豹にとって、羨ましいものだったのかもしれない。

 これからはさぞ退屈だろう

 仙人や道士、妖怪達は仙人界に移り住む。もう人間界には関わりを持つことはそうない。
 神でもなく、人でもなく。
 異端のものとして崇められ、恐れられる存在となり、やがて忘れ去られるのだ。
 白い雪が全てを覆い隠すように・・・



『―――あなたは、どうするのん?』



 懐かしい声が申公豹を包む。
 もう彼女のようなバイタリティ溢れるものと会えないのは残念だなと頭の隅で考えたら、世界が笑ったような気がした。

 申公豹にとって仙人界に行くのも、絶望することも簡単なことだ。
 あの時も・・・人間として生きるか仙人になるかと求められたとき、人として生きるのが面倒で仙道を選んだ。こちらを選んでも永遠に近い生を生きなければならないのだが。
 そして今回も、仙人界に行けばいいのに、この世界に留まることになるだろう。予定調和な仙人界より、人界の方がおもしろいのだがら仕方がない。



 先ほどまで近くに感じた気が消え、遠くから知った気を感じとる。勢いのある風のようにこちらに向かってくる。早く仙人界に行けばいいのに、この世界に留まっている道士。
 また面倒だな・・・と思いながらも申公豹は雪に埋もれたまま動かず、クスクスと笑った。



 退屈より面倒な方がおもしろいのだから。


03/02/17 ★ MAGIC CHANNEL / キル