「申公豹、今年もあそこに行くの?」 「・・・ええ、お願いします。黒点虎」 毎年桜の季節に申公豹はある場所に行く。それは何かの約束のように。 −サクラサクラ−
「どこに行くんじゃ?」「!」 いつのまに横にいたのか太公望が声をかけた。 申公豹は驚いたが黒点虎は少し前から気付いてた。が、今から行くところに申公豹を一人にしときたくなかったので、あえて黙って着いてこさせたのだった。そのことに少し落ち着いた申公豹は気付いて苦笑した。そしてバツの悪そうにしてる黒点虎の頭を優しくなぜた。 そんな空飛ぶネコ(のような最強の霊獣)と道化にしか見えない最強の道士を太公望は横目に見てた。 「桜を見に行くんですよ」 いつもなら素っ気なく対応する申公豹が、優しくふわりと太公望にほほえんだ。 ボッ! いつもいつもいつもいつも恋人(?)につれない扱いしか受けてない太公望は焦った。顔が赤くなる。まだまだ甘い72歳の(いや始祖だから年齢不詳)太公望であった。 申公豹が目指してたところは、秘境と呼ばれそうな山奥の大きな樹だった。 太公望はこんな大きな樹を見たことなかった。ただただ見上げるばかり。 その大きな枝振りでこのあたりは日陰になっていた。しかしまるで狂い咲きのように桜の花が咲いている。この太い幹は何人の人間が手を繋げばいいのか。樹齢は一体何年ぐらいなるのか?風格と威厳をもった森の主の樹だった。 そして不思議なことに少し申公豹の「気」を感じるのだった。 申公豹は久しく会えなかった人に会うかのように、懐かしげに木の幹に手を置いた。最初は目を閉じ樹に語りかけてるように、そして目を開き太公望と同じようにただ見つめるばかり。 太公望は咲き誇る桜を振り切り、やっと息は吐き出す。まるで別世界に来たようだった。申公豹はまだ桜を見ている。しかしその姿はまるで桜に同化しそうに見えて太公望はあわてて申公豹を桜の木から引き離した。 「?どうしたんです?」 申公豹は不思議そうに太公望を見る。思わず申公豹を抱きしめる。樹と申公豹はまるでひとつのモノだったのに太公望が引き剥がした気がした。まるで嫉妬だ。 「この樹にお主の気を感じるぞ」 「・・・・・ああ、わかりますか?」 申公豹は抱きめられても嫌がりもせず太公望の腕の中にいる。そしてクスリと笑う。 「この桜は狂い咲きの桜なんです。」 狂い咲きは、その樹の命を縮めるもの。申公豹が見つけた時も春ではなく確か初冬のころ。それは心奪われる光景だった。そしてこの大木の花が咲き散る時が桜の死ぬ時だとわかった。 「私はこの樹を死なせたくなかった・・・・・。」 「お主の気を分けたのか・・・」 最強の道士と言われる者の『気』を受け取り、死の運命から脱した桜の大木。しかしその為にこの樹はこの世界のものではなくなった。桜は咲き誇っているのに生き物の気配がしない。まるで冥界にいるように感じる。 そしてここにいると申公豹はこの世の人とは思えなかった。桜に連れ去られそうに太公望には感じた。そう思うとますます強く申公豹を抱きしめた。 「・・・苦しいですよ」 申公豹は苦笑して太公望から離れた。 「今日来たのはこの桜を眠らすため」 そういうと雷公鞭を取り出し愛おしそうに桜を眺める。 自分のわがままでこの大木を異界のものにしてしまった。桜が咲くのを見るたび「コロシテクレ」と言ってるように見えた。今までこのままにしていたのは先に逝かせたくなかったから。この桜がもう一人の 道士になり不老不死に近いものになり、「死」とは遠いものになってしまった。だからこそ先に逝こうとする桜がうらやましかった。 でももう大丈夫。 申公豹は太公望に微笑みを向ける。もう大丈夫、今は太公望がいる。 そう、彼なら申公豹を眠らせる『力』があるはず。いつの日か申公豹が狂ったときに太公望なら相手になってくれるだろう。そう思うとこの樹を眠らせれる。 「雷公鞭!」 おやすみ、そしてまた会いましょう。 樹は大きな地響きを立てゆっくり倒れていった。 「お主は泣かないのか?」 太公望は尋ねた。 「いいえ、私が泣く必要はありません。見なさい、この樹は喜んでますよ」 倒れた木から無数の花びらが辺り一面に散っている。今までこの大木のせいで薄暗かった森が命を取り戻したかのように、光があふれる。 「黒点虎、もうここに来ることはありませんよ。さぁ帰りましょう。」 そういうと申公豹は太公望の手を取り黒点虎の元へ進む。太公望はビックリしたがうれしそうにつながれた手を握り返す。 申公豹はそっと後ろを振り返り「さよなら」と別れを告げた。
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