〜 温泉に行こう!PLUS 〜







「温泉に行きませんか?」
 いつものようにふらりとやってきた伏羲に、珍しく申公豹の方から声をかけた。
 伏羲は驚いて聞き返す。
「温泉?」
「はい」
「・・・それって旅行へのお誘いか?」
 うれしい・・・ハズなんだが、複雑な表情になる伏羲。申公豹に誘われる・・・なんてこと普段ないので、つい何か裏でもあるのではないかと哀れ考えてしまうのだった・・・。
「旅行って。ただ温泉に入りに行くだけですよ」
 そう言うと黒点虎に声をかけ移動し始める。
「いやならいいですよ」
 にっこり笑い、さっさと行こうとする。
「ちょっと待て!誰も行かんとは言ってないぞ!というか絶対一緒に行く!!」
 あわてて伏羲も後を追う。ふと・・・頭の中に『毒くらば皿まで』という言葉が浮かんで消えた。





 白い霊獣はどんどん鬱蒼とした山の中を進んでいく。
 そういえば、温泉と聞いただけでどこに行くのか聞いてなかった。本当にこんなところに温泉はあるのか?この調子だと、動物たちだけが入る自然の温泉に入るのだろうか?それなら黒点虎も一緒に入れるだろうし。温泉に入って、それからどうしようか・・・と計画たてる大人な(?)伏羲だった。

「ここらへん、ですかね」
 そういって申公豹が示した場所は、山の一角。
「は?」
 黒点虎の降り立った場所に伏羲もまた降り立ち、目の前を見る、見渡す。
「ここか?」
「そうですよ」
 目の前には荒れ地が広がっている。
 沸き立つ温泉も、卵の腐ったようなにおいも、温泉に入りにきそうな猿もいなかった。
「おんせん?」
「ええ。今から掘るんです」
「へぇー。掘るのか」
 申公豹の言った言葉が頭の中でうまくつながらず、言葉をそのまま返す・・・。
 が。
「掘る・・・・・って?え?・・・・えーーー!?」
 やっと、どういうことか分かり大いに驚く。
「温泉に入るんじゃなかったのか?!」
「入りますよ。だから、掘り当てた温泉に入るんですよ」
 しれっと答える申公豹。そんな申公豹を呆然と見つめる・・・洒落か?マジか?!・・・・・この人にシャレはない(断言)!本気か?
「おんせん・・・」
 ぐっぱい、入浴後の妄想よ。
「掘るって・・・ここを掘れば出てくるのか?ここに温泉がなかったら無駄じゃないか?」
「分かりませんか?」
 そういうと申公豹は地面に手をあてる。同じように伏羲も地面に手をあて目を閉じる。
 感覚だけを下に下に向けていくと、勢いのある熱を見つけた。
「あっ」
「ね。あるでしょう」
「はぁ。よく見つけたもんじゃな」
「まぁ、偶然ですけどね」
「わしも前に地面にへばりついて水を探したことがあったのぅ。温泉を探したことはなかったが」
 太公望だった頃を思い出し、ふむふむと感心する。
 しかし。
「どうやって掘るんじゃ?」
 肝心の問題を聞いてみる。掘るにしても人の力で掘れる深さではない。
「そりゃ・・・」
 申公豹が取り出したのは、もちろん最強の宝貝『雷公鞭』。
「ひー!やっぱり!」
 驚きながらも、最強宝貝をこんなことに使っていいものかと心の中でツッコミを入れる伏羲だった。





「どうしてもやるのか?」
「ええ」
「うむむむむ・・・。
   
それじゃ・・・・・わしにやらしてくれんか?」
 さっきまでどうしたものかという態度だったが、何かを思いついたようで楽しそうな顔を申公豹に向けた。
「・・・いいですよ」
「うむ!それじゃぁ貸してくれんか」
 うれしそうに両手を突き出す。表情は変わらないがクエスチョンマーク?を出す申公豹に伏羲は言った。



「雷公鞭、貸して」



「・・・・・・・・・・ご自分の太極図を使わないんですか?」
「一度、使ってみたいんじゃ。貸して貸して〜」
 今の伏羲にしっぽがあれば、思いっきりパタパタと振られているだろう。
 申公豹は手に持つ雷公鞭と伏羲を見比べる。どうしようか悩んでいるようだ。貸すのはやだなぁと思いながらも、最初の人であり始祖である伏羲が最強宝貝といわれる雷公鞭を使えばどれぐらいの力を出すのか興味があった。
「むむむ・・・」
 今度は申公豹が悩む番だった。
 その間伏羲は雷公鞭を使うステージを作るべく、その辺の石をどかしていた。



「いいですよ」
 ため息ひとつつき、雷公鞭を差し出す。
「よっしゃ!」
 ドキドキしながら、申公豹の手から雷公鞭を受け取る。ただ持つだけでずしっと重みを感じる。それだけの力があるのだろう。
 それに、申公豹が大事な宝貝を貸してくれた、ということに実は感動していた。それだけ信頼されてるのかと思うと、このままどこかに飛んでいきたくなる気持ちだった。(持ち逃げ?)

「いいですか?手加減するんですよ」
 申公豹がアドバイスをかける。初めて太公望と対決した時、手加減して山の一部が吹き飛んだことがあった。あれは初めて雷公鞭を使った時だったと思い出したのだ。
「わかっておる、わかっておる」
 どうみてもわかってない返事のようだが、申公豹はもうなにも言わなかった。これも信頼なのか?
 伏羲は申公豹から少し離れ、立ち位置を決めると優雅にお辞儀をした。

「らい」
 申公豹のように雷公鞭を振り上げる。

「こう」
 まるで力がすべて吸い取られるように雷公鞭に集まっていく。

「べん!」
 力を放った瞬間、やっぱり手加減する余裕が、少ししかなかった。





バリバリバリ!!




大地を引き裂くような轟音が響き、天には稲光が世界の半分に轟いた。





ドーン!





 源泉のあるであろう山の荒れ地は、縦一文字切りになり、山が半分に別れてしまった。
 割れた深い谷底から、今まで吹き出せなかった閉じこもったままのパワーが、どどぉーっと勢いよくあふれ出す。
「おお!やったぞ!」
 力を吸い取られてヘロヘロになった伏羲だが、喜びのあまり踊りだした。



 ・・・ように見えたのだが。
「あち!あぢ!あちーい!!」
 しぶきがかかり熱くて熱くてたまらない。

 申公豹と黒点虎は、ちゃっかり傘を差し踊っているような伏羲を眺めている。
「備えあれば、憂いなしですね」
「わしの分は?」
「ありません」きっぱり。
「ちきしょー!」





 少し離れた場所に移動し、やっと落ち着いてあふれ出てくる温泉を見つめる。
 どう見ても100メートルの高さの勢いであふれ出している。それを呆然と伏羲は見つめる。
「温泉・・・・・」
 少し寂しげにも見える姿だった。しゅんとした姿に申公豹が伏羲の頭をよしよしと撫でる。
「これじゃ無理ですねぇ」
「うう゛・・・」
 ふたりと霊獣が勢いあふれ出す温泉を見ていると、後ろから声がかかった。

「師叔!」

 今や通天教主になった楊が、さっきの雷公鞭の威力に驚き仙人界からやってきたのだった。
「げ、楊!」
「師叔・・・『げっ』ってなんですか?『げっ』って!それにさっきの稲妻は何ですか?申公豹さん」
 キッと怒りの向きか伏羲から申公豹に移る。
「私じゃありませんよ」
 そういうと伏羲の方を指さす。
「う、裏切り者・・・」
 冷たい目で楊は伏羲を見る。
「師叔・・・さっきのは師叔の仕業なんですね!それより今まで何してたんですか?『封神計画』の後始末はまだ!続いてるんですよ!あなたはさっさといなくなって・・・」
 説教とも愚痴とも文句とも聞こえることを言いながら、楊はガシッと伏羲を抱きしめた。
「本当に・・・師叔、あなたって人は・・・」
 久々の再会を喜ぶ。





 ・・・・・ように見えたのだが。





「ふふふ・・・・・」
 暗い笑い声が聞こえてきた。
「よ、ようぜん・・・?」
 おそるおそる伏羲が声をかける。
「もう逃がしませんよ」
 地の底から聞こえるような声が返ってきた。
「ははは・・・」
 伏羲の顔が引きつる。
「みんな、あなたにどれほど会いたかったか・・・どれほど怒っているか・・・!」
 楊はますます力を込める。
「イタタタタッ」
「さぁ、仙人界に行きましょうね〜師叔。大丈夫、仕事は山積みにありますから」
 エンジェル・スマイルを浮かべながら、恐ろしいことを言う。
「ちょっと待て!申公豹は!?」
 申公豹の方を振り向くと、かのひとは黒点虎に乗り伏羲に手を振っていた。
「一人で逃げるのはズルイぞ!」
「捕まる人が悪いんですよ」
 哀れむように微笑みかけられる。
「申公豹さんは仙人界にこないんですか?」
 手をゆるめず、スキあらば申公豹も捕まえようとする楊だ。強気だね!
「さぁね」
「いつでもお待ちしてますよ」
 不敵に申公豹に笑いかけ、伏羲を抱きしめ・・・いや羽交い締めにしたまま楊は仙人界に帰ろうとする。
「ちょー待てや!楊、話し合おう!」
「向こうでゆっくりとね」
「わー!申公豹!!」
「お元気で」

「カンベンしてくれ!!!」

 伏羲の叫びが山にこだまする。一文字切りにされた山もうれしそうにこだまを返しているようだ。
 そんな伏羲と楊を見送る申公豹だった。

「ねえねえ、ほっといていいの?」
 黒点虎が尋ねた。
「たまにはいい薬でしょう」
「そうじゃなくて、雷公鞭」
「あ!」
 伏羲に雷公鞭を返してもらってないのだった。
「どうする?」
 心配げに声をかける黒点虎の額を優しく撫でる。
「そうですね・・・伏羲が仙人界から帰ってくるまで・・・」
 そういって、あるものを取り出した。
「これを代わりにしましょうか」
 申公豹が持ち出したのは、なんと伏羲の宝貝太極図。
「え!?どうしたの?」
「雷公鞭を渡したんで、代わりに借りたんですよ」
「・・・無断で?」
「まぁ、そうとも言いますねぇ」
 うれしげな答えが返ってくる。
「・・・・・こうなるって分かってたんでしょう?」
 黒点虎が呆れたようにため息をついた。
「そうですね。半分ぐらいはね」
 申公豹は肩を震わせ笑う。

「伏羲は太極図がないっていつ気付くかな」
「忙しそうですから、当分は気付かないんじゃないですか?そうだ、これから老子のところに行きましょうか」
「うん」
「老子の好きな茶菓子も持っていきましょう」
 黒点虎はすっと動き出した。
 申公豹はまっぷたつに別れた山を見つめ、残念そうにため息をついた。



「温泉はまた今度ですね」


02/10/11 ★ MAGIC CHANNEL / キル