山奥の人里離れた小さな小屋に暮らす男の元に、旧友と呼べる男が遊びに来た。 外は急な雪で、少し先も見えないくらいの視界に避難しに来た、というのが正解か。 しかし、どちらにとっても久方ぶりに会うのに変わりはなく、ゆっくり酒など酌み交わし話し込んでいった。 小さな囲炉裏を囲んでいるのは年を取った老人と、白い道化た服を着た道士だった。道士の近くには白い霊獣が寝ころんでいる。 「相変わらず、みょうちきりんな服を着ておるな」 「そうですか?悪趣味なんて言わないで下さいよ」 「なかなか言えんじゃろうな。『最強の道士』に向かって悪趣味だ、なんて」 豪快に笑われ、申公豹が少しふてくれた表情を浮かべる。 「・・・でもこの間、面と向かって言われましたよ」 「ほぅ。またこわいもの知らずなやっちゃ」 「骨のある道士かもしれませんね」 「お主に『骨のある道士』と言わせるとは、そりゃまたすごいヤツがいたもんだ」 「仙人界の計画にかんでるようなんですよ」 いわゆるトップシークレットなハズの『封神計画』のことを話していた。老人の方も、申公豹がコツコツと調べ歩いてる事を知っていたし、仙人界にも少し従事したこともあり少々の事情はわかっていた。 「お主には興味深ろうて」 「ええ。少しは私の退屈が紛れてくれるといいんですがね」 申公豹の冷めた表情と言葉を聞いて、老人は碗についだ酒をゆらゆら揺らしながら見つめる。その様子を申公豹は不思議そうに眺めている。 「・・・退屈か。こう言っちゃなんだが仙人様も大変だな」 「どういうことです?」 「退屈を持て余す」 「そうですね。でもあなたもその仲間入りを出来たでしょうに」 「わしはだめだめ」 「そうですか?なかなかの力もあるし、仙人界に誘われもしたのに、あなたは山をあっさりおりてしまって」 「仕方あるまい。仙人でやっていこうと思う前に、お主に会ってしまったんだから」 「私にですか?」 老人はうんうんと頷きながら、懐かしそうに思い出していく。 老人がまだ若者だった頃、仙人界から誘いを受けた。 自身も力もあるのがわかっていたし、このまま俗世で生きていくよりは仙人になった方が生きやすかろうと思い誘いに乗ったのだ。 苦しい修行も楽しかったし、師事した師匠もおもしろい人だった。堅苦しい部分もあったが、時には酒も飲みあい、大いに語り合った。 ある時、師匠の元に申公豹がやって来た。なんでも頼まれた薬草を持ってきたという。しかし、師匠は留守でこの時相手にしたのが始まりだった。 霊獣に乗った仙人。 いつか自分もなりたいものだ、と思った相手は道士だった。それも最強の道士。 「仙人じゃないのかい?!」 驚く男に申公豹は溜息をつき答えた。 「だって弟子を取ったり、いろいろしがらみが多いですからね」 それで許される訳はないのだが、三大仙人の一人太上老君が後ろ盾についている。その太上老君に最強の宝貝を授かったという。 「すごいね」 感心する男を申公豹は不思議そうに見る。その大きな目はガラス玉のように澄んでおり、そのまま心の中までのぞき見られている錯覚におちいる。五千年は生きている、神々に近いものの存在に男は圧倒される。 「すごくはないですけど、退屈ですね」 「お主はその時も『退屈』って言葉を言ったんだ。それから俺は、仙人に疑問を持つようになってしまって、結局俗世に戻ってきてしまった。まぁいろいろと大変だったが、悪くはない選択だったと思っておるよ」 「そう言いきれるのはすごいことですね」 申公豹は男に酒をついだ。男は酒を飲み干し、おもしろそうに聞いた。 「どうだ、うらやましいか?」 「さあ、どうでしょう」 笑って申公豹は答える。 男は仙人になるのはとても無理だと悟った。 五千年、生きるだけなら出来るかもしれない。しかし、その目の輝きを失わずにいれるかどうか。 男の師匠の仙人でさえ、その目の奥は空虚であった。 時は優しく、また過酷だ。仙人が一休みしてる間に人は生まれ死んでいく。止めどなく過ぎていく時間は、川の流れのように止めようがない。 「私はあなたの人生計画を壊してしまったんでしょうか?」 「・・・いいや。これでよかったんじゃ」 男は自分の顔に刻まれた皺を、白くなった髪を、弱くなった体を大事に思った。 申公豹は優しく笑う。 雪はまだ降り止まず、今は静かに降り積もってゆく。 二人はゆっくりと、酒を飲み交わしていった。 今、この時間を愛おしみながら。
02/12/09 ★ MAGIC CHANNEL / キル
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