辺境の地に一年に一度の祝いがお祭りがやってくる。それは宗教的な部分もあるが人が集まり店が出、久しい人に会える羌族の一年に一度の大イベントだった。 幼い邑姜も今日という日を心待ちにしていた。手伝いや老子の世話をし、少しずつおこずかいをためていたりした。 前に老子に会いに来た申公豹をつかまえて、 「祭りの日に遊びに来てください!」 とお願いしたり、老子にこの日はいっしょにお祭りに行こうとずっとずっと言ってきたのだ。特別な日だから、特別な人達と一緒にいたい。一年に一度のこの日を邑姜は楽しみにしていた。 「あ!」 空を見上げると、大きな影が見えた。久しぶりに見る黒点虎と申公豹の姿に邑姜はうれしくなってブンブン手を振る。 「お久しぶりですね」 久しぶりに見る申公豹の顔が嬉しい。 「いらっしゃ―――い!」 ボディタックルをかます勢いで申公豹に抱きつく。・・・といっても身長が足りないので足に抱きつく形になる。足に抱きついたまま申公豹を登り出す。そして胸までやってきて申公豹にだっこされるのだ。 「申公豹さん、お久しぶりです!」 あらためて 申公豹の首に抱きつく。そして横にいる黒点虎に飛びつく。 「クロちゃん!!元気だった?」 ふさふさの毛に顔を埋め、小さな体全体で黒点虎の背に抱きつく。 「元気だよ」 邑姜は久しぶりに大好きな二人に会えてうれしくてうれしくてたまらなかった。 羌族の村のある場所から少し行った大きな村に人は集まっていた。 草原を動き回る放牧民たちが一年に一度、この村に集まり祭りが開かれる。そして大きなバザールも開かれる。この日のために人々は売るものを作り、ほしいものを夢見る。 人混みを気を付けながら、邑姜と申公豹は手をつなぎ歩いている。黒点虎は小さくなって申公豹の背中のリュックの中である。ちなみにリュックは邑姜のお手製プレゼント。 「申公豹さんは羊、ダメだよね。ウリなら食べれる?」 「ウリなら・・・」 「じゃ、一緒に食べよう!」 そういうと、何件かのウリを売ってる屋台をのぞく。なかなか彼女が気に入るウリを売ってる所がないらしい。難しい顔をして一件一件のぞいていく。申公豹はただ邑姜の手に引かれ後をついて行く。 「おじさん、どれがおいしい?」 やっと彼女がよいと思ったウリがあったらしい。 「うちのはどれもおいしいよ、じょうちゃん。食べてみるかい?」 店のものが味見用の小さく切った、みずみずしいウリを邑姜に渡す。 「わぁ、あまーい!」 「そうだろ」 邑姜の反応に店の男もうれしそうだ。 「1個下さい」 「いくらですか?」 申公豹が声をかけると、 「ダメ!私が払います!」 邑姜は申公豹の前に出て、さっさとお金を払ってしまった。 「にいちゃん、そういうわけだから」 店の男は笑いながら邑姜のお金を受け取った。そして手の上で器用にウリをナイフで四当分に切りわけた。 「あ、ウリの汁がつくから手袋はずさないと!」 あっという間に邑姜は申公豹の水色の手袋を外してしまった。 「・・・ありがとうございます」 「おじょうちゃん、いいお嫁さんになるね」 「やーん!もっと言って!」 バシバシバシ!!! と邑姜は赤い顔をしながら店の男をはり倒していた・・・・・。 ウリを食べ終え、また二人は手をつないで人混みを歩く。 ナイフや民族衣装、きれいな石や皮で造った造形品・・・屋台はまだまだたくさんあった。日頃、草原と羊しかない村ですごす邑姜にはすべてがめずらしかった。 そのうちの一件に立ち止まった。 そこはアクセサリーの屋台。邑姜はそのまま行こうとしたが、申公豹がいいからいいからと引き止める。 「かわいいですね」 邑姜は近くでたくさんのアクセサリーに見とれた。幼い彼女にとってはどれも憧れのものだ。着飾るようになるのも、それを買うのもまだまだ先のこと。 「どうですか?」 アクセサリーのひとつを手にとり、邑姜の目の前に見せる。きれいな青い石の付いたネックレス。自分がするより申公豹の方が似合いそうだ、と思った。青い石は申公豹に似合っていた。 それに・・・。 「・・・ううん。いいの」 小さな声が返ってきた。 「どうしてです?」 不思議そうに申公豹は聞き返した。 「羊の世話をするのに邪魔だし、まだそういうのするのは早すぎるし、・・・」 ますます小さな声で答える。 「・・・じゃぁ、この髪飾りはどうです?」 小さな花のようなものを手に取った。小さな髪飾りを邑姜の髪につぎつぎ付けていく。 「これなら邪魔にならないでしょう?」 そういうと、今度は申公豹が先にお金を払った。 「まるで邑姜のあたまに花が咲いてるみたいですよ」 そう言ってくれた申公豹の笑顔も、花が咲いたようだと邑姜は思った。 「・・・ありがとうございます」 真っ赤になって邑姜は礼を言った。鏡がなくてどうなっているか分からなかったが、目の前の申公豹が自分に選んでくれたのがうれしくてたまらなかった。 楽しい時間はあっという間にすぎていく。楽しかった分だけ寂しいと思いながら、ふたりは暗くなる前に帰るため、祭りをあとにした。二人は手をつなぎ家路に向かう。 「お祭りがずっと続けばいいのに」 「ずっと続いたら大変でしょうね」 「・・・夢みたいだね」 まるで申公豹さんみたい・・・その言葉を邑姜は言わなかった。 「そうですね・・・目を開けて見る夢かもしれませんね」 申公豹はほほえんだ。 道化のようなめずらしい服を着ていてこんなに存在感があるのに、「儚い」という言葉が似合うと思って、邑姜は申公豹が消えてしまわないようにぎゅっと、手をにぎった。 「楽しかったですか?」 「うん!また、来年も一緒にこようね!」 二人はあたらしい約束をかわした。 バザールのざわめきやおいしかったウリのこと、邑姜の髪に飾られている髪飾り。 そうして邑姜と申公豹の思い出は少しずつふえていく。 ゆっくりと。
03/01/06 ★ MAGIC CHANNEL / キル
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