甘 い 瞳



クラピカはホテルの窓からぼんやり外を見ていた。
外は雨が降っており、外の景色はぼんやりとしか見えない。灰色の雲に灰色の街。世界はモノクロに、気持ちもどこかくすんでしまうような日だった。
部屋にはクラピカの他にもう一人、寝ころんで本を読んでいるキルアがいた。
二人はぼんやりと雨の日を過ごしていた。

「ねぇ」
本から目を上げることなくキルアが声をかけた。
「“緋の眼”っての?見せてよ」

「ん?」
ぼんやりしていたクラピカは何を言われたのかわからなかった。
「“緋の眼”」
「・・・突然、なんなんだ?」
「コレ、コレ」
先ほどから読んでいた本をキルアが指さした。
分厚い上製本のカラー写真。そこに映っているのはアンティークな装飾品の中に浮かぶ二つの、緋色の眼球だった。

一瞬目の前が赤く、瞳の奥が熱くなる。
その美しい色合い故、奪われた一族の瞳。

「・・・見てどうするんだ?」
「きれいなのかなって思ってさ。だって眼球だけって、よくわかんないじゃん」
至って呑気な答え方と、こちらを向いた顔はどこかニヤけて見え、クラピカの気に障る。相手を睨み付けるが、キルアはどこ吹く風で、立ち上がりクラピカの座っているソファにゆっくり近寄る。
クラピカを挟むように両腕をソファに置き、顔を近寄せる。挑みこむような冷たい瞳に、クラピカは眉を顰めた。
目の前の少年は、自分より小さい。だがその強さを身近に見ていた。どれほど強いか、どれほど残酷になれるか知っていた。

「あんな眼球、どこがいいんだろうね」
「・・・・・そうだな」
「俺なら、その瞳ごと、中身ごとほしいけどね」
そういうと、キルアはクラピカの頬に手を添え、瞳を見つめる。まるで猫のような、獲物を見つめる目だとクラピカの体に緊張が走る。クラピカも負けずキルアの瞳を見つめ返した。真っ直ぐな瞳はぶつかり合い、火花を散らす。



すると、キルアはにっこりと。
年相応の笑みを浮かべ。

ぺろっと。

クラピカの瞳を舐めた。





「・・・・・・・×〇#※?!」
何が起こったのかわからず、ただただクラピカの大きな瞳は目の前のキルアを凝視する。
「ちぇ」
一方キルアは猫のように唇を舐め、どこか残念そうな声を出していた。子供っぽいキルアの声もクラピカにはどこか遠くに思えた。

「い、い、一体・・・い、今のは・・・・・」
やっとの思いで振り絞った言葉も最後まで言えず、口をパクパクと動かすことしかできない。

「だって“緋の眼”って、
おいしそうじゃん!」

「・・・・・おいしそう?!」

「そ!この色がさ、キャンディみたい」

「・・・きゃ、きゃんでぃ???!」

「でも、おいしくないね」

そういうとキルアは、クラピカの服のポケットに手を入れ中を探り、その中から財布を取り出した。中を見るとけっこう入っていたのか、口笛を吹いてクラピカの財布から何枚か札を取り出し、ニッコリと笑った。

「これでキャンディ、買ってきていい?」

「・・・・・」

「ねぇ」
どこか甘えるような声で一歩近寄ったキルアに、クラピカの体は後ずさろうとし、急いで首を縦に振った。
それを見て「サンキュー」とキルアはうれしそうに部屋を出て行った。





ぱたんとドアが閉まり、キルアが部屋を出てやっとクラピカは大きく息をついた。
「”緋の眼”がおいしそう・・・?」
今まで”緋の眼”について色々言われてきたが、こんなことを言われたのは初めて、瞳を舐められたのも初めて、目の前で金を奪われたのも初めてで・・・

「なんて子供だ・・・」

つぶやきと共に笑いがもれる。不思議な気持ちでクラピカは笑った。まさか自分が”緋の眼”のことで笑う日が来るとは思ってもいなかった、と。

窓に目をやると外の雨は小降りになり、遠くには虹がうっすらと見えた。おぼろげな七色のカラーを見ていると、まるでキャンディのように思えてクラピカはクスクスと笑いをもらす。

舐められた瞳がかすかにふるえたような気がした。


02/12/23 ★ MAGIC CHANNEL / キル