キミの温もり、キミの手。




 アラバスタは今、大きく動き出していた。
 七武海の一人、クロコダイルのアラバスタ乗っ取りは阻止したのは、二年前に行方不明になったといわれるネフェルタリ・ビビ王女。そして王女と共にこの国にやって来た海賊達だった。

 やっと一息ついたようなアルバスタは今おおいに盛り上がりを見せていた。
 ひとつは平和が戻ったということ。
 もうひとつはビビ王女の誕生日、だということ。
 ・・・気が付けば国をあげて祝う盛り上がりになっていた。

 お祝いなんてとんでもない、辞退を申し出たビビだったのだが。
「2年ぶりに帰ってきて、お祝いもさせて下さらないんですか!」
 テラコッタの泣き脅しと宮殿で働く者一同の涙と嘆きと。
「娘の誕生を祝えんとは・・・」
 父・コブラ漢泣きと。
「ビビ様、バンザイ!」
 先に盛り上がってしまった国民と。
 どうにも止められない状況と、もし何も出来ないとなったらある意味暴動が起こりそうな勢いに、ビビは困った顔をして承諾することになってしまった。
「でも、今はまだ大変な時なんだから、ちょっとだけですよ」
 一言付け加えて。
 ・・・そうは言っても、今まで戦いに怯え苦しんできた人達にとって、平和をもたらした、二年ぶりの帰還の王女の誕生日である。『盛り上がるな』なんて無理な話だった。久しぶりのうれしい話題に人々は浮かれ、楽しげに活気づいていく。この国に明るい笑顔が戻ってきた。





「はぁ・・・」
 楽しげに浮かれるアルバ−ナ宮殿のバルコニーから大きな溜息が漏れ聞こえてくる。
 本日何度目かの盛大な溜息をついてるのは、黒いスーツの、金髪の、戦う海の料理人であった。

 ビビの誕生祝いの料理は、テラコッタが腕によりをかけてアラバスタ料理を作っていた。二年ぶりに帰ってきたプリンセスに、懐かしい祖国の味を味わってもらおうと、朝からテラコッタは大忙しに、うれしそうに調理場で動き回っていた。
 サンジも手伝いたかったのだが、今日ばかりは作れそうになかった。
 彼女が食べ育った懐かしい味。
 サンジが作れば『サンジの味』になってしまう。中に入る愛情のスパイスもまた微妙に違っている。二年ぶりの祖国、ビビが食べたいのは、懐かしい味だろう。

 サンジにとって一番大事な、大好きな人の誕生日。
 そんな大切な日を、ただぼんやりと空を見上げていた。
「はあぁ」
 出るのは溜息ばかり。
 まるで陸に上がった魚のようだとサンジは思った。
 サンジは海賊で、海の料理人で。
 この国は砂漠、ビビは王女様。
 身分や未来のことは考えたことがなかった。そんなことを考える時間が惜しいくらい、サンジとビビには時間がなかった。
 だが、いま何もできないという状況がサンジに考える時間を与える。
 そしてビビがこの後どうするか・・・。この国を愛するビビが船に、海に来るだろうか?サンジの、海賊の手を取るだろうか?
 サンジはじっと自分の両手を見つめる。
 料理をしない自分の手は、何のためにあるのか?
「まるで役立たずだ・・・」
 そういうと、いっそう大きな溜息をついた。
「そんなに溜息ばかりついてると、しあわせが逃げちゃいますよ」
「へ?」
 サンジが振り向くとそこには、今この国一番に忙しい、長い蒼い髪の、アラバスタの服を着た、一番会いたかったビビが立っていた。
「ビビちゃん?!」
「はい」
「・・・どうしてここに?」
「サンジさんに会いに来たんですよ」
 とことことバルコニーのサンジの隣に行くと、じぃーっとサンジを見つめる。
「サンジさんこそどうしたんですか?溜息ばかりついて。調理場に行ったのにサンジさんになくて探したんですよ」
「いやぁ、えっと・・・」
「いいんですよ。でも、どうしてここに?料理は作ってくれないんですか?」
「いや、作りたいけど・・・」
「もしかして!テラコッタさんにいぢめられた?追い出された?」
「それは・・・(最初、煙草吸って調理場に入って追い出されたが)」
「それとも、かわいい侍女さんに『入っちゃダメよ』とか言われちゃった?」
「そーだったかな」
「それとも超カルガモに道をふさがれたの?」
「えーっと・・・いっぱいあるね」
「色々とね」

 青い瞳がサンジを映し優しい笑みが向けられる。あたたかいものがサンジの中に入ってくる。
 そして気付く。自分が落ち込んでいたことに。

「テラコッタ夫人に『料理人が煙草を吸うなんて!』と怒られたり、超カルガモが怪我してるのを助けて、それを見てたこの国の王女さまが俺に惚れてしまったり」
「ふふふ」
「今日は俺の好きな人の誕生日だけど、今日王女さまが食べるのは俺が作れない家庭の味なんで、俺は手伝えない。困った、困った」
 わざとらしい溜息と共にビビに両手を目の前に差し出した。ビビは不思議そうにサンジの顔を見つめる。
「俺の両手は料理を作るためにあるのに・・・」
 この両手で作るものは、人を幸せに出来る。何もできないとまるで自分は役立たずでいらない人間のような気がした。

「・・・サンジさんの両手って『料理を作る』だけしか使わないの?」
 かなしそうな顔だった。青い瞳は寂しそうにサンジを映し出している。



 またキミをそんな顔させてしまう
 俺はキミにはいつも自信がない



「この手はみんなを元気づけたり、気遣ったり、私に元気をくれる手よ」
 ビビはサンジの両手をそっと包むように重ねた。
「私、サンジさんの手、好きよ」
「・・・・・料理できなくても?」
 優しい言葉をうまく信じきれない。
 つぶやくようなサンジに、ビビはクスクス笑い出した。
「もうっ。ずっと作れないんじゃないんだから。今だけでしょう。
今、サンジさんは暇を持て余していて、私がここにいて・・・
サンジさん、今やることないの?」
 いたずらそうにサンジを見るビビは楽しそうに笑っている。
 世界の誰もがわかってることをサンジにはわからないようで、ふてくれた気持ちになる。
「今、サンジさんがヒマで、私はうれしいわよ」
「・・・どうして?」

「だって一緒にいることが出来るんですもの。
料理してるサンジさんも好きだけど、
私をかまってくれるサンジさんも大好きよ」

 サンジの瞳に、サンジの為だけにほほえんでいるビビの姿が映った。それはきれいな花のようだった。
 今、サンジにだけ出来ること。
 ほっそりとした白い小さなビビの体ををサンジはそっと抱きしめた。壊れないよう、傷つかないように、守ってやれるように。
 サンジの胸にビビのあたたかさと、クスクスと笑う振動と伝わる。少しずつその波がサンジにも移っていく。抱きしめてるつもりが、抱きしめられている気がした。
「・・・・・知ってる」
「ほんと?」
「うん」
「よかった」

 君が生まれてきてくれたことが嬉しい。
 サンジに差し出される白い手や優しい笑顔。いつも満たされる温もりをもたらしてくれる存在に出逢えたことに感謝したくなる。
 その喜びを伝えたくて、サンジはやわらかく微笑むビビの額に口付けた。

「誕生日、おめでとう」


「322WINTER」”期間限定”DLフリーSSだったりします。 終了しました。
■ビビちゃんの誕生日に一番はりきるべきコックを暇にしてみました。 サンジの手はかっこいいじゃないかと思う。

03/01/29 ★ CULT BITTER / キル