eyes
日向家はもっとも優秀な血継限界『白眼』の能力を持つ。 その日向に生まれたヒナタは次期宗家の跡取りということになる。幼い子供のヒナタにその自覚はあるのだが、それは重荷だった。 周りの期待と、次期宗主という重圧。 出し切れない力。 ヒナタを褒め称えていた身内も、いつしか陰口を言い「あれで大丈夫なのか?」と非難している。 ヒナタの性格は穏やかで優しく「忍」には向いてないのかもしれない。 が、『白眼』を持って生まれた以上、最低限自分を守る力を身につけねばならなかった。なぜなら、『白眼』の能力を狙う奴らは有象未曾有にいるのだがら。 もしヒナタが男なら、目を潰せばいい。 だが女は・・・。 目が潰れても身体があれば、その力を受け持つ子供を産めるのだ。 妹ハナビが生まれ、父親にも、周りのものにも期待されなくなった。 だがヒナタは強くなりたかった。宗主としてでなく、弱い自分が嫌いだった。 日向の家に生まれたこと。 血継限界、白眼。 どうすることもできない事実を悩むより、強くなって「そんなこと関係ない」と言ってしまいたかった。 それでも泣いてしまいそうな時は、深い森の奥で声を殺して泣くのだった。 ヒナタの行く森の奥は鬱蒼とし、人を寄せ付けない。 最初迷い込んだ時はとても怖く思ったヒナタだったが、昼間の木漏れ日の光や、光の当たるところはとてもきれいで、今はお気に入りの隠れ家、といったところだ。 その日。 森にやってきたヒナタは、いつもと違う気配に気が付いていた。 かすかな血の匂い。 森の奥に迷い込んだ動物が怪我をしたのだろう。それは何度かあったことだ。ヒナタはその気配の元に少しずつ進んでいく。怪我をした動物は凶暴にもなるので、「自分は味方だ」と不器用ながら敵意のない気配を送りこんでいく。 ―――あなたを助けてあげたい そう強く思う気持ちが、ヒナタの中の恐怖を打ち負かす。 少しずつ進んだその先には傷ついた生き物がいた。 傷つき、血を流し岩にもたれ座り込んでいた。 それは「人」だった。 「子供か・・・」 男が低い声で囁いた。その声でヒナタは我に返った。 「! あ、あ・・・あの・・・だいじょうぶですか・・・」 近寄ろうにも、男に見られると恐怖が襲い先に進めない。それは男の出す殺気であるのだが、幼いヒナタには強烈すぎ動けない。 「これ・・・お水です・・・」 自分の持てる全ての勇気を出すように、ヒナタは自分の持つ竹の水筒を男に差し出した。それから気付いたように、「毒は入ってません」と言って水筒の水を飲んだ。そして水筒を男の元に転がした。 しかし男は見向きもしない。 「あの・・・人を・・・呼んできましょうか?」 「いらん」 「ぁ・・・・・」 「消えろ」 ヒナタはどうしていいか分からなかった。自分は邪魔だと言われている。だが怪我をしている、血を流している男をほっとけなかった。 今、ヒナタの持っているものはこの場では役に立たないものばかりだ。男の言ったことしかヒナタには出来ない。仕方なくヒナタは来た道を帰っていく。男の方を振り返り、振り返り・・・。 やっと目の前から消えたヒナタを確認してから、男は目を閉じた。 それから少し立った頃。 また男の前にヒナタは来ていた。男は相変わらずスキのない様子だが、ヒナタはもう気にしなかった。最初出会った位置より先には進めなかったが、その場所で背負ってきたリュックを下ろし、持ってきたものをまるでママゴトのように並べ立てていった。 「えっと・・・これは消毒薬で、これは針と糸で、解熱剤でしょう。これはさっき取ってきた薬草・・・です」 「・・・・・」 少し呆れながら男は目の前のヒナタを見た。 「これは痛み止め、この痛み止めはうちの父さまでも効くやつだから」 「父親・・・?」 「うん。うちの父さま、上忍なんだ・・・」 「名は?」 「・・・ヒアシ」 「日向のものか」 そういうとヒナタを包んでいた殺気が急に消えた。ヒナタは急に呼吸が楽になり、不思議そうにきょろきょろと周りを見た。その様子がおもしろいのか、男は笑った。 「俺を助けてくれるのかい?」 男は言った。 「だって血が流れてるもの」 ヒナタは、目の前に並べた薬類を両手に持って男にゆっくり近づいて行った。 恐怖はなかった。 それが敵の忍びでもいいと思った。今は傷ついているのだから、と。 「後で後悔することになるよ」 男は底知れない笑みを浮かべる。 それでもヒナタに恐怖は訪れず、その黒い暗い瞳に惹かれるように男に近づく。 男は「イタチ」と名乗った。 イタチはヒナタの持ってきた薬類をひとつひとつ確認した。中には高価な薬も混じっており、今のイタチの状態に必要な物が全部揃っていた。バカではないな、とイタチは小さく笑った。バカは嫌いだからだ。殺してしまうほどに。 「・・・いい子だ」 そう言うとヒナタの頭を撫でた。びっくりした顔をし照れるヒナタは、かわいらしかった。 ―――そういえば、サスケもこのくらいか・・・ イタチの頭に弟の顔が浮かぶ。なにも感じない心に一瞬、愛憎の気持ちが現れる。 「・・・どうしたの?痛い?」 イタチが表情も気配も変えなかったが、ヒナタは何かを感じ、それを「怪我の痛み」と心配した。 ハンカチを取り出し水筒の水を含ませ、おずおずとイタチの顔にあてる。イタチの顔にこびり付いた血を小さな手は取っている。イタチは小さな子供に自分の顔を触らせるのを許した。それはとても、めずらしいことなのだが。 その間にイタチは薬を飲み、傷を消毒し、大きな傷口を縫い合わせる。針と糸で縫うさまをヒナタは黙って見つめた。 プスリ プスリ プスリ まるで普通に縫い物をしているようだ・・・とヒナタは感じた。イタチの顔を見ても痛みを感じてるようには見えなかった。人の身体は布とは違う。もっと複雑だ。でも・・・ プスリ 縫われる様子はモノのようだった。 「めずらしいか?」 「・・・うん。・・・初めて見る」 「それは幸せなことだな」 「しあわせ・・・?」 「そうだ。怪我もせず、ぬくぬくと生きている」 バカな奴ら・・・ そう言ってるように聞こえる。 バカばかり・・・イタチの目の前に子供も、自分が誰なのか知りもしないで助けようとしている。 善意。 日向の跡取り。 幸せな子供・・・。 暗い苛立ちがイタチを襲う。それはいつものことだった。この苛立ちがイタチを強くした。誰にも負けない力を手に入れた。 イタチはヒナタの首に手を伸ばした。 「小さいな・・・」 首を掴む手に少しずつ力を込めていく。ヒナタは徐々に苦しげな表情になっていく。 それをイタチは楽しむ。哀願するのを待つ。『助けて』と言えば、一瞬に楽にしてやろうとヒナタを見つめる。ヒナタの苦悶の表情に笑みを洩らす。 その時、ヒナタの眼が変わった。 白眼がヒナタの眼に現れた。目元に血管が浮き上がる。まるでヒナタの中の生きようとする力のようだった。さっきまでの気弱な子供の中から現れた強烈な力。白眼を発動させた目はガラス玉のように澄んでいた。その奥から現れた純粋な本能、研ぎ澄まされた殺気。 それをイタチはきれいだと思った。 ヒナタが攻撃をしかけようとした瞬間、イタチはヒナタから手を離した。 「ゲホゲホ・・・」 急に解かれ、身体は酸素をヒナタに送り込む。ぜいぜいと息を繰り返し、少しずつ顔色が元に戻っていく。 その様子をイタチは見つめている。 ヒナタの眼はもう普通に戻っていた。それを少し残念に思った。 きれいな紫の瞳。 瓶につめて、自分だけのものにしたいと思ったほど。 それなら白眼の時に、くりぬけばよかった。 だが・・・。 きれいだと思ったのは、この子供が持ってるからだ。 「・・・おいで」 優しい声がヒナタを誘う。 さっきまで殺そうと思った男がヒナタを呼んでいる。ヒナタは不思議そうにイタチを見る。純粋な、無垢の、ふたつの瞳。 近付くべきではないのは分かっていた。 分かっているのに、ヒナタの身体はイタチの元に向かっていた。 ゆっくりと。 まるで暗いくらい崖の淵をのぞき見るかのように。 慎重に。 そばにやってきた小さいヒナタをイタチは抱きしめた。 首には首を絞めたときの跡がはっきり残っている。それでもヒナタはイタチの元にいる。 殺されかけたばかりなのに、バカな子供だ イタチはヒナタの涙で潤む目に舌を這わし、目ん玉をべろりと舐めた。驚くヒナタの顔にイタチは笑う。 生身の瞳は、白眼とまた違う輝き。 暗闇の奥の炎。小さな強さ。 それはまだ育ちきってないヒナタの闘志かもしれない。 「きれいな眼だ」 「・・・わたしは、キライ」 ヒナタは悲しげにうつむく。 「・・・・・」 それが気に入らずイタチはヒナタの顔を自分の方に向けさす。その瞳に映るのはイタチと、絶望。 「白眼が気に入らないのか?」 「・・・・・いらない」 「いらない?」 「・・・こんな目、いらない!」 ヒナタの目から大粒の涙がこぼれた。次から次にポロポロと流れ出た。 日向は・・・いや父親ヒサシはこの子を忍びにしたくないのだな、とイタチは気付いた。愛を与えず、見放したフリをしているのだろう。 日向は駄目だ。ヒナタに絶望を与えすぎ、自分に自信を無くさせた。そのせいで・・・イタチにこんなに心を預けてしまった。殺されかけても、優しく手を伸ばせば懐いてくるではないか。 日向はヒナタに忍びではない生き方を選ばせようとしているのだ。木の葉の里に、日向の家に縛り込もうとしている。 なんてひどいことをするのかとイタチは思った。 ヒナタの能力を殺そうとしている。目を潰さず、生殺しをするつもりだ。 なんてもったいない。 「白眼がいらないのか・・・」 ヒナタ小さく頷いた。イタチは優しく言った。 「なら、俺がもらおう」 暗い瞳で誘惑する。 イタチの言った言葉がヒナタの中にゆっくりと入っていった。涙は止まり、泣いていた顔に表情がなくなり、人形のようになった。 そしてゆっくり笑った。 「目・・・くり抜こうか?」 「いや、このままでいい」 「このままだと・・・わたしがおまけについてるよ」 困ったようにヒナタが言う。それをイタチが笑う。 「おまけか、お前は?」 「おまけ」 まるでおもちゃのおまけのように軽く言う。白眼に生まれた体。それがおまけ。 「お前がいい。白眼のおまけの付いてるお前がいい。だがバカは嫌いだ」 「・・・バカじゃないと思う」 「弱いヤツも嫌いだ」 「・・・・・」 「ヒナタ。これから強くなれ。そうすれば・・・迎えに来てやる。お前をここから助けてやろう」 次の地獄に連れて行ってやろう。 差し出された手は赤く染まっている。 誰にも伸ばされなかった、『ヒナタ』を求めた手。 イタチの手にヒナタの小さな白い手が重なった。 その眼も、その能力も、この体も。 心ごと、全部。 ヒナタはイタチのモノになった。 イタチは一瞬目を閉じた。そして次に目を開けるとイタチの目には奇妙な模様が浮かんでいた。
■イタチ兄さんのことが分かる前に勝手に書き上げときたかった話。
イメージは「ルパンV世/カリオストロの城」の幼いクラリスとルパンの出会い。
02/11/11 ★ CULT BITTER / キル
|