ビビ・キッス!
… アンダンテ … ―――どうしよう。 空に浮かぶ月を見ながら、ビビは考える。 少しずつ『羽のある自分』というのには慣れていった。 悪魔のような羽に最初は戸惑ったが、それよりも羽を終えず、最初はずいぶん苦労した。広げれば大きな羽は部屋の出入りを多いに邪魔をし、着る服をどうすればいいかも悩ませた。自分と羽の意識(?)が通じていず、どうすれば飛べるかも意識しすぎて出来ずにいた。 「あの時、飛んだんだから大丈夫だって!」 あの時・・・とは、初めて羽が生えた時、少しだけ浮いたことである。 ルフィの言葉にシブシブ、ビビはメインマストにルフィと登り、そこから・・・ 「よし、いけ!」 バシッ! 「きゃぁぁあああああ!!!」 メインマストから落っことされた・・・・・。 生存本能のせいか、なんとか飛んだ・・・ようだ。あまりのショックでよく覚えていなかった。 これがきっかけで飛べるようになったが、ルフィに感謝は出来ない・・・と思うビビだった。 ちなみにルフィは、その後ナミ&サンジに逆さ吊りの刑にあったらしい。 羽の問題は何とかなった。 しかし、食事の問題はビビを悩ませていた。悪魔の実を食べたビビの食事とは、キスをして相手から生気を取ることである。 「俺はコックだし、お腹空かせた人をそのままにできないし、 ましてビビちゃんが他のやつとキスしてるのを見るのは絶対!嫌なんです!!」 どさくさに紛れて、ビビに告白したようなサンジの言葉。 初めはうれしかった・・・が今は複雑だ。それは料理人としての言葉なのか、愛の告白なのか。 それに『好きな人』を食料にする・・・ことはしたくなかった。 他の人ならいいのか、とかそういう問題でもない。生きる以上何かを食べなければいけない。 ビビは『キス』することも、相手から『生気』を取ることも出来ないでいた。分かっているがジレンマに陥り、どうすればいいか分からなくなってきたのだった。 あれから1ヶ月。 ビビは少しずつ、のどが渇き、お腹が空いたと感じている。 「はぁ・・・」 ため息の数だけ幸せが逃げると聞くが、その数は増える一方の今日この頃。誰に相談する事も出来ず、月を見つめる事しかできずにいた。 「ビービちゃん」 マストのてっぺんにいるビビから、小さく映るサンジが見えた。 「降りてきて、お茶しませんか?」 「はーい」 羽を広げ、降りていく。 昔は大空を飛ぶ鳥を羨ましく思ったが、今はその仲間なんだと、飛ぶごとに思うようになった。 でも鳥でなく、人とも少し違う・・・『悪魔の実』を食べることは、そういうことだと実感するようになった。 ビビは音もなくサンジの横に降り立った。 「・・・きれいに飛べるようになったね」 「そうですか?」 小さく首を傾げる。 「うん、風に乗ってるように見える」 「そうかもしれませんね。どうすればいいのか体が分かってきた気がします」 「ふーん」 サンジは上着から煙草を取りだし、ビビに背を向け火を付けた。 「ビビちゃん・・・」 「はい?」 「お腹・・・空かないの?」 「え?」 さっきまで考えていたことを見透かされた気がした。 「え、ええ。大丈夫です」 なんとか澄まして答える。サンジが振り返り、じっとビビの目を見る。 「ホントに?」 それだけでサンジとキスしてしまいたいと思うのだが、食事になるのはイヤだった。ここは踏ん張りどころなんだ、とビビは自分を励まし笑顔を作る。 「ええ」 「・・・・・」 サンジは火を付けたばかりの煙草を深く吸い込み、海に投げ捨てた。不機嫌そうなサンジに、ビビは戸惑う。せっかくふたりきりなのに、どうすればいいのか分からなかった。 「・・・最近ビビちゃん高いところにいない?」 「? そういえばそうですね」 「そして、高いところで悩んでる」 「・・・」 「何をそんなに悩んでるんです?俺に隠し事ですか?なんでも俺に言ってよ」 ビビにしか見せない見惚れるような笑顔で問いただす。 どう答えようかと考えるが、口を開けば余計なことを言いそうな気がした。ビビは答えられず、サンジの言葉をそのまま返した。 「・・・サンジさんも悩んでるように見えますよ」 「・・・・・そうですか?」 「ええ」 「・・・バレちゃうもんですかね」 そういうとサンジはビビを抱きしめた。 「サ、サンジさん?」 ぎゅっと抱きしめられ恋する乙女の気持ちと、目の前のごちそうを我慢してるルフィのような気持ちとで、ビビはクラクラした。 「最近、俺のこと避けてない?」 「・・・(避けてます・・・だってキスしたいんです!)」 「ビビちゃんに羽が生えて・・・俺、不安なんだ」 「どうして?」 「手の届かないところにいるから・・・どこにでも行っちゃいそうで、俺の前からいなくなりそうな気がする」 「そんなことないですよ」 なんだか拗ねたような声に、かわいいな、なんてことを思う。 「ほんと?」 「ええ」 「じゃあなんで、お腹空いたって言わないんです? それともナミさんか・・・クソ剣士かウソっ鼻かクソ馴鹿とキスしたから?」 「あの・・・ルフィさんはいいんですか?」 素朴な疑問を挟んでみる。 「あいつは・・・腹減るようなことはしないだろうから。それともクソゴムとしたの!?」 驚いて体を離し、ビビを見つめる。 「してません!してません!!」 慌ててブンブンと首を振り否定する。 「本当!?」 「はい!」 「よかった〜」 安心して再度抱きしめられ、自分は期待していいのだろうか、ビビはドキドキする。 「じゃあなんで、お腹空いたって言わないんですか?」 答えを言わなければ離してくれないだろうサンジに、顔が見えないようにぎゅっと抱きつく。 「・・・だって」 ビビの小さな声に耳を澄ます。 「だってはずかしいじゃないですか・・・」 わけが分からない、とサンジはビビの顔を見ようとするが、ビビはいっそうサンジにしがみついて顔を見せないようにする。 「だって・・・キス・・・するんだもん・・・」 「それは『キスキスの実』のせいなんだから仕方ないでしょう?」 「・・・好きな人とのキスだから」 シーンと聞こえるような沈黙がおちる・・・。 サンジが何も言わないのでビビは泣きそうになってしまう。はずかしいのと、いたたまれないのと、お腹が空いたのと・・・いっそ、逃げてしまおうと背中の羽を広げる。 バサッ! 「だめだ!」 とっさにサンジが強く羽をつかむ。 「痛っ!」 羽は神経も通ってるので痛みを感じ、ビビの目から涙が出る。 「あ、ごめん!でも羽はしまって!」 ビビが逃げださないように、サンジはビビの体を強く抱きしめる。ビビはサンジの強い言い様に押されながら羽をしまう。 「ビビちゃん、ごめん・・・俺、うれしくてたまんなくて、すぐ答えらんなかった」 安心したようにサンジの力が抜けるのがわかった。 「羽が生えてどこへでも行けるようになって、ますます遠く感じてしまってキミを捕まえられない。優しいビビちゃんが食事のことで悩んでるのは何となく分かったけど、人の生気を取るのが嫌なのか、それとも俺とキスするのが嫌なのか・・・」 強く抱きしめていた腕を緩め、ビビの目を見る。今の激しい言葉とは裏腹に、心細そうな目でビビを見つめる。 「俺はね、ビビちゃんだけの食料して俺だけを必要として欲しいんだ。それでキミを縛ってしまいたいんだ・・・」 「私も・・・キスしたいのは、サンジさんだけ・・・」 「ビビちゃん」 サンジはビビの涙に、抱きしめてた腕を放し彼女の頬を包む。 「こめん・・・痛かった?」 「ううん」 サンジはビビの涙をそっと舐めとる。 「・・・俺からキスしていい?」 「・・・いいの?私・・・お腹が空いてるのよ」 ビビははずかしそうに答える。 「ええ。俺を食べて下さい」 そう言うと、神聖なものに口づけするように、ビビの髪に、額を、目を、頬に口付けていく。 最後にそっと優しい口付けをした。 口付けが深くなればなるほど、ビビはうっとりとした表情になる。サンジから生気をもらい、白かった頬に徐々に赤みがさしていく。 ―――まるで花が咲いてくようだ。 サンジは生気を取られ気を失う寸前、ビビの甘美な表情を見て思った。 そしてこの花は、俺だけのもんなんだ・・・と思い、幸せな気持ちで目を閉じた。 ふたりは甘い口づけに酔いしれた。
■「アンダンテandantino(伊太利亜語)」は音楽で速さを示す語で、ゆっくりと歩くような速さ。サンビビの仲の進み具合もこんな感じか。
02/12/29 ★ CULT BITTER / キル
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