金 魚



 小さな男の子が貯水池の前に立っていた。
 中をのぞき込むように、じぃー、と池を見つめている。近寄りすぎてそのまま池に、ドボン。頭から落ちてしまいそうに見える。
「ルフィ!危ないわよ!」
 近くを通りかかったマキノは、慌ててルフィに声をかける。ルフィは”悪魔の実”を食べた能力者で泳げない。
「マキノ。見て見て!」
 顔を上げたルフィは笑って手を振った。
「池がまっ赤だ」
「真っ赤?」

 ―――マキノの頭をよぎったのは、
 最近、山賊が暴れているという噂。のどかなフーシャ村もいつ襲われるか分からない。気をつけなきゃね、近くの奥さんと話したばかりだ。
 真っ赤な池。
 それは不吉なことではないのか?

「ルフィ!池から離れて!」
 マキノは急いでルフィの元に駆け寄っていく。

「金魚がいっぱいだ」

「え?」
「たくさんいるだろ」
 ルフィを守るように後ろから抱きしめたマキノは池を見た。
 池の端にいた小さな金魚は、マキノが慌てて近寄ったので離れていった。
 濃い緑色した池の水の表面に赤いカラフルな金魚達。
 ぽわん。  ぽわん。
 空気をついばんで出来る波紋が、池に無数の小さな模様を作っている。たくさんの金魚で赤く見える池に輪が広がっていく。
 ルフィは金魚を見ていたのだった。

「すげえな。こんなにいっぱい、どうしたんだろう?」
 不思議そうな声。嬉しそうな顔。目をキラキラさせている。
「・・・金魚の養殖」
 自分の勘違いが分かって、マキノは大きく息を吐いた。
 村の噂は必ずマキノの酒場を通る。新しい商売で金魚を養殖し、売買することを始めた人がいる・・・らしい。少し前に聞いたことがあった。だが、耳で聞くと目で見るのでは驚きの違いがある。マキノは金魚で赤くなった池を見て、改めて思った。
「なんだ?」
「ここで金魚を飼ってるのよ」
「こんだけも?!」
「違うの。ご商売でよ」
「食うのか!?」
「もう。違うわよ、なんでも食べちゃダメよ」
 苦笑がもれ、ルフィの頭をコツンとたたく。ルフィはわざとらしく「イテェ」と文句を言った。
 じっとしていると、金魚はまた端の方にもやって来た。泳ぐでもなく、ふらふらと小さく動いている。
「マキノ。金魚もいつか海に出る?」
「海には・・・行かないわね」
「行けたらいいのに」
 それは金魚に対して言ってるのか、ルフィ自身のことなのか。マキノはうまく答えられなかった。


 金魚の水槽を小さい物から大きい物に変えると、金魚は大きな水槽のサイズにあわせるように大きくなると聞く。
 体が大きくなると世界は少し、小さくなる。
 赤髪の海賊を知ってしまったルフィに、この村は小さすぎる。いつか広い広い世界に飛び出し、冒険にくり出す時が来るだろう。
 右頬の自分でつけた傷と。赤髪の海賊との再会が待っているのだから。


「ちょっとだけ家で飼えないかな」
 そっと池に手を入れる。だが金魚達はすばやく逃げ出す。マキノはクスクス笑いながら、ルフィの濡れた手を拭いてやる。
「泥棒になるわよ」
「俺は海賊になるからいいんだ」
「ダメよ。せっかく広い所にいるんだから・・・それにここに来れば、いつでもたくさんの金魚を見れるわよ」
 これは赤髪の海賊に対して言ってるのか、マキノ自身のことなのか。マキノはうまく答えられず、苦笑がもれる。
「・・・そうだな。うん!」
「でも池に近寄り過ぎちゃ絶対!ダメよ。あなたは泳げないんだから」
「おう、まかせとけ!」

 ―――今は・・・目の届くところにいてね
 マキノはルフィの頭を撫でながら、心の中でつぶやいた。

03/03/31 ★ CULT BITTER / キル