キミがキミであるために
ボクがボクであるために




 奇跡の雨が降り止み、雲の合間から浮かぶ大きな月が辺りを明るく照らす。
 真夜中のアルバスタ宮殿のバルコニーにひとつの影が見える。アラバスタの街々をうれしそうに、懐かしそうに見つめているのは髪を下ろし、この国の衣装を身にまとったビビだった。


 バロックワークスの、クロコダイルの野望は阻止された。
 ビビと共にこの国にやって来た海賊団の手によって。

『ビビによって救われた』
 アルバスタの人々はそう言って、帰ってきたビビ王女を称えた。
 そうではない
 どれだけビビが言っても謙遜に取られ、さらにビビは敬われていく。



いいえ、そうじゃないの。

ルフィさんが、ミスターブシドーが、ナミさんが、ウソップさんが、トニー君が、サンジさんが、ペルが、チャカが、カルー達が、リーダー達が、国民みんなが・・・・・アルバスタを救ったのよ。


 みんなが、この国を愛してる。
 もうこんなことが二度とないように。
 そのためにどうすればいいのか。
 ビビは眼下に広がる世界を見つめる。そこに広がるのは、彼女の愛する世界があった。

 二年この国を離れていた。
 その間にずいぶん変わっただろうか?クロコダイルによって変えられてしまっただろうか?
 色々変わってしまっても、ここはアルバスタで。
 大事な物は変わってはいない。
 だからこの国は救われたし、また立ち直る。
 その為にどうすればいいか、なにをすればいいか、なんてわかっていた。
 進むべき道も。
 自身の気持ちも。
 街を見つめるビビの姿は王女の顔だった。










 水分を含んだ涼しい風がビビの頬を撫でていく。その時、風がある匂いを運んできた。
「サンジさん?」
 ビビは後ろを見ずに尋ねた。
 サンジの煙草の匂い。いつものビビを包んでいたもの。
「あれ。わかっちゃった?」
「・・・どうしたんですか?こんな時間に」
 サンジのおどけた声にビビは微笑みながらも、振り向かずにサンジに話しかけた。
「ビビちゃんが立ってるのが見えたから、なにしてんのかな〜と思ってね」
 サンジがビビの隣に立ち、煙草を取り出す。マッチを擦り、小さな火が灯る。

 ビビは煙草が不思議と好きだった。自分の回りに煙草を吸う人がいなかったせいか、独特の煙草の匂いも好きになった。サンジは吐き出される煙でハートの形や輪っかの形を作り、ビビを喜ばせた。

 一体いつからだろう?
 煙草を吸う人が気になりだしたのは?
 一体いつからだろう?
 愛し合うようになったのは・・・。

 サンジの口から生み出され、あっという間に消えていく煙は、今の二人にはとても儚く見えた。サンジはため息のように煙を吐き出すと、煙草をもみ消した。何を話すでもなく、二人はバルコニーから街を眺める。
 ビビのアルバスタの街々を見る目は、優しく慈愛に満ちていた。強く優しい横顔は月明かりに輝いていた。すぐ横にいるのに、このまま世界に溶け込んで消えてしまいそうに見え、サンジは不安になる。
 抱きしめて。
 自分だけのものにしてしまいたくなる。



「ホントはビビちゃんに聞きたいことがあって来たんだ」
「なんですか?」

「・・・答えを聞きたいと思って」

「こたえ・・・?」
「そ。明日の夜には、俺達はここを出る」
「・・・・・」

「一緒に・・・来るよね?」

 訴えるようなサンジの声が問う。
 だがビビはまだサンジの方を振り向かない。彼女は別のモノを見つめていた。それはサンジでもなく、海でもなく、目の前の・・・










「行かないわ」

 はっきりした声でビビは答えた。
 そして初めてサンジを振り返った。迷いのない目が真っ直ぐサンジを見た。

「私はこの国を立て直し、この国を守るの。
ここに・・・私の夢がある。
私の夢は砂漠にあるの」

 その為に国を出た。その為に仲間と出会えた。そしてこの国を救えた。
 そしてもうこんな事が二度と起こらぬように、アラバスタを守っていく。
 それがビビの願いだった。

「でも、あなたは行くのね・・・・・」

 決して負けることを受け入れることのない『王』の瞳。
 だが今は不安定に揺れている。

「・・・あなたは、私のものなのに
私から去っていくのね」

「・・・・・俺は海の料理人だからね」

 サンジの言葉にビビの目に怒りが現れる。

「・・・・・どうしてあなたを好きになったのかしら?
海原うなばらに行ってしまうってわかってたのに。

あなたは一緒に海に行こう、と言う。
なら・・・・・
なぜ、あなたはここに残らないの?」

 そういってサンジのシャツを掴む。少しずつ力が入っていく手は少し震えている。ちょうど胸の中心部、サンジは心臓を鷲掴みされた気がした。

「そうすれば・・・
私が守ってあげるのに・・・・・」

 涙は拭われることもなく、ビビの大きな瞳から流れ出てゆく。
 自分のために流してくれる涙にサンジは見とれる。

「あなたのオールブルーが、あなたを必要だと言った?
私には、あなたが必要なのに・・・

さあ、私を選びなさい!」

 求められる。ビビに必要とされていることに心が震える。
 サンジはルフィに海賊に誘われた時を思い出した。あの時は自分の一番大切な居場所と自分の夢、どちらかを選ぶことになった。体が二つあれば・・・と思うくらいの選択だった。
 そして今も。
 サンジより三つ下の自分の腕の中にすっぽり入る小さな体の中には『上』に立つもののカリスマが存在する。ビビはサンジを支配してしまう。ビビの腕の中で溺れてしまいたかった。

「・・・・・君がこの国を選んだように、俺はオールブルーを求めてしまう。
例えビビちゃんを傷つけることになっても、この気持ちを変えることは出来ないんだ。
俺が俺であるために」

 サンジの中には奇跡の海が存在している。ビビの中にアラバスタがあるように。
 オールブルーを捨てることは、今までの自分を否定することでもある。自分の一番大切な居場所『レストラン・バラティエ』とセブを。
 いつの日かセブのように夢を懐かしむときが来るかもしれない。でも今はその時ではない。
 今は心のままに、夢を追い求める時。
 それがビビとの別れになっても・・・。



「・・・サンジさんなんて嫌いよ」
 ビビはシャツから手を離し、サンジに抱きついた。
 でも声はやわらかい。
「いつも私を落ち着かない気持ちにさせる。いつもドキドキさせる」
 胸に顔を埋めているビビをサンジは優しく抱きしめる。
「俺の方こそそうですよ」
「本当?」
「ええ」
 二人は顔を合わせ、微笑みあう。

「私よりオールブルーを選んだサンジさんが好きよ。
あなたが好きだから
・・・自由にしてあげる。
私はそばにいないけど・・・あなたを思ってるから・・・」
 サンジを見る目には涙が溢れている。だがビビの瞳は優しく輝いていた。その瞳に映る自分はたぶん泣きそうな子供のような顔をしているだろうとサンジは思った。
「・・・俺もいつもあなたをを思う」
 たとえどれだけ離れていようと。



 探し求めるオールブルーは大海の海原に。
 そしてサンジの手の中にはもう一つの奇跡の海。
 それは砂の国の王女の瞳に。


■「しあわせぱんち!」さんに投稿しました。
■「とうとうあにめもビビ姫さよなら企画」さまのDLフリーSS『空と海のあいだ』にインスパイヤして、期間中に書き上げ・・・たかった・・・。

02/12/09 ★ CULT BITTER / キル