歌を忘れたカナリアは・・・・・



- カナリア -



 眠れない・・・

 ゴーイングメリー号に乗り込んでまだ日が浅い頃、ビビは不眠症に陥っていた。

 アラバスタのこと、イガラムのこと、ウィスキ−ピークでのこと、バロックワ−クスのこと、新しい海賊船での暮らし・・・・・。
 たった一日、だがこの一日でビビの世界は180度いや360度、変わってしまった。そのことにまだ体も心も慣れないでいた。

 今まではそばには必ずイガラムがいた。だが今、そばにいるのはカルーだけ。
 『仲間』だといってくれる彼らを頼りたいが、どうしても『巻き込んでしまった』意識の強く、戸惑いと遠慮の混じった態度になる。ビビはそんな気持ちをカルーを抱きしめることで落ち着かせるしかなかった。

 だいじょうぶ・・・・・
 まだ、だいじょうぶ・・・

 それとハンモックで眠ることにもなかなか慣れなかった。
 海の上、船ははこんなにも揺れるのかという驚き。ハンモックという宙に浮いたような状態で眠ることのとまどい。
「慣れりゃ、気持ちいいわよ」
 目の前の船の爆破の時、ビビを抱きしめた航海士は、いろいろと気を使ってくれる。だがビビは床の上でカルーのそばで眠った。いや、目をつぶっていただけだ。カルーの毛を撫でながら、朝方少しうとうとするぐらいの眠りを待つ。

 自分はこんなに弱かっただろうか?

 なかなか訪れない眠りに、ビビは闇を見つめ考える。
 イガラムの死がビビの心をさいなむ。強くなったつもりだった。だがずっとイガラムに守られていたことを思い知る。
 闇はビビを深い悲しみと絶望に誘い込んでいく。

 船上での体力勝負な暮らしにビビはフラフラになりながらも気力でもたす毎日だった。





 よく晴れた昼下がり、甲板の掃除してるビビをミカン畑からナミが呼んだ。
「なんですか?」
「もう掃除はいいわ。疲れただろうし、ここで休みなさいよ」
「で、でも・・・」
 モップを持ったビビは思案にくれる。

 これぐらいしか役に立てないから・・・
 動いてないといろんな事を考えすぎてしまうのが恐い・・・

「そんな『寝不足です』な顔で動かれても、いつ海に落ちるかとヒヤヒヤするのよ」
 見てる方が。
 ナミが強引にビビをミカン畑に引きずり込む。
「少し落ち着きなさい、からだ休めるのも仕事のはずよ」
「・・・・・やっぱり顔に出てます?」
「そりゃ寝不足は美容の敵だし、それに同じ部屋に一緒に寝てるのよ。気付かないはずがないでしょが」
 ビビの頬をぺちぺちとたたく。
「すいません」
「なーんで謝るの?謝ることはないのよ」
 今度は顔を引っ張る。
「れも(でも)」
「いろんな事があったんだもん、仕方ないわよ。
でも無理にでも寝ないと本番アラバスタに倒れるわよ」
 頬から手を離し、ナミはビビの顔を包む。

「だから今から昼寝しましょ!」

「・・・昼寝・・・ですか?」
 きょとんとするビビを、ナミはミカン畑の木陰に連れて(引きずって)いった。
「部屋じゃ眠れないなら、外では眠れるかもしれないでしょ?風の吹いて気持ちいいし、木陰で涼しいし、それにミカンのいい匂いがするでしょ!!」
 確かに部屋の密室の中で眠るよりは気持ちが良さそうだった。
 ビビは周りを見渡す。ナミの自慢のミカン畑。風が頬をなで、ミカンのよい香りが充満する。その香りで今まで力が入っりすぎていたビビの体がリラックスしていく。

「さ、一緒に寝ましょ」
 そう言うとナミは手早く木陰にシートをひき、寝る体制に入る。
「ビビ、何してんの?横になんなさいよ」
 ナミは自分の横をバンバンたたいて、ビビを促す。
「え、え、でも」
 久しぶりにリラックスしたが眠れるかどうかは疑問だ。
「・・・・・私の言うことが聞けないの?」
 本気目のナミはこの船イチ、コワイ存在だ。
「はい・・・じゃぁ、失礼します・・・」
「違うでしょ『おやすみなさい』でしょ」
 ナミが横になったビビの頭を撫でる。
「そうね、『お休みなさい』」





 目を閉じても少し太陽の光を感じる。
 力が抜けた体だったが、閉じた目の奥にはビビの中の『義務』が浮かび上がる





 アラバスタ。
 全てはそこに帰っていく・・・





「ビビ」
 もう眠ったと思ってたナミがビビを抱きしめる。
「ナミさん?」
「アラバスタのこと、考えてるの?」
「・・・ええ」
「まだまだ先よ」
「・・・わかってます」
「そうね・・・」
 抱きしめられるのは久しぶりでビビは少し嬉しくなる。ナミの体温は暖かく柔らかく、包みこんでくれる。
「いい?私の言ったこと繰り返して」
「?」
 ナミはビビの目を見ながら言った。

「必ずアラバスタへ行く」
「?!」
「はい、繰り返して」
「・・・・・『かならずアルバスタへいく』・・・・・」
「生きて必ずアルバスタへ」
「・・・・・『いきてかならずアルバスタへ』・・・・・」
「生きて必ずアルバスタへ」
「・・・・・・・・・・」
「ビビ、もう一度・・・」
「・・・・・・・・・『生きて必ずアルバスタへ』」
 ビビははっきり答えた。



 クロコダイルに私の国を自由になんかさせない!
『生きて必ずアルバスタへ』
 アルバスタを救ってみせる!
 それはイガラムとの誓いでもあった。



「・・・・・必ず!」

 そんなビビをナミは抱きしめる。子供を安心させるように背中をなでる。

「『言霊』知ってる?
自分の思いを言うことでチカラが宿るのよ。
だから、何でも言いなさい。
あなたの信じることを」

 力強い目でビビはナミを見つめ返す。
「生きて必ずアルバスタへ」
「もう一度」
「生きて必ず私の国へ」
「もう一度」
 ナミは嬉しそうにビビを見つめる。さっきまでの寝不足な顔をした少女はいない。ここには「決意」を表した王女がいる。
 ビビも笑顔を見せる。
「少し眠りましょう、眠れば少しはアラバスタに近づくから」
「そうですね」
 ビビはクスッと笑ってナミを見る。
「ありがとう・・・おやすみみなさい」
「今度こそおやすみ、ビビ」
 ・・・・・いい夢を。





 ビビは目を閉じる。アルバスタを救うのは王女としての「義務」かも知れない。いや、これは誰にも譲れないビビの「願い」なのだ。

 私の国、アルバスタ。
 どこかに隠れてしまっていた『決意』。口に出したことでビビはまた前に進める。歩いていける。こんなところでつまずけない。

 ミカンの香り漂う眠りの中、ビビは夢を見た。
 アルバスタの夢を。
 その夢は平和だった頃のアラバスタと暴動後のアラバスタ。
 戦いはあったが必ず元に戻るはず。

 その為にビビは生きて、必ず、アルバスタへ還るのだ。
 道は必ずどこかに続いているのだから。





象牙の船に銀のかい

月夜の海に浮かべれば

忘れた歌を思い出す・・・


■歌詞はその後「歌を忘れたカナリアは 後の山にすてましょか」と続く ・・・捨てんでも。だがこの歌は道徳の歌だそうです。

01/07/01 ★ CULT BITTER / キル