イ ノ セ ン ト



 朝、鏡の中の自分に笑いかけます。大丈夫、今日もがんばろう、と心の中でつぶやきます。
 それからキッチンに向かいます。そこには私の好きな人がいます。

「おはようございます」
「おはよう、ビビちゃん!」
 この船で手伝うことがないかと思い、私は毎日何かを探しています。私はここではまったくの役立たずです。それを彼はさりげなくフォローしてくれます。そんなところが惹かれたのかも知れません。とてもつらいことがあった後なので、優しさが目にしみます。あ、身にしみます。

 でも彼には好きな人がいます。
 その人はきれいなオレンジ色の髪をしています。
 なぜ知ってるかと言えば、彼が教えてくれたからです。彼は私に彼女のことを聞いてもらえてうれしいようです。どうやら他の人は、聞きたくないそうです。だから彼女のことを色々教えてもらいました。
 強くて、優しくて、かわいくて、きれいで・・・いつか世界中の航海図を書こうとしているそうです。その夢はいつかかなうと思います。だってこの船に乗ってるなら絶対です。
 彼女は本当にいい人です。いつも私にさりげなく気を使い、はげましてくれます。だから私は甘えるばかりです。
 彼の好きな人だから嫉妬すべき人なのかもしれませんが、とてもそんな気が起こりません。私も彼女が大好きだからです。私が彼女にそう言うと、彼女はうれしそうに私の頬にキスしてくれました。
「私も大好きよ」
 彼女に言われて私もすごくうれしいです。



 最近彼から料理を習ってます。王女として育ち、バロックワークスのエージェントとして活動してきた私は、料理をしたことがありません。ナイフなら使いこなせるんですが、エプロンをつけて包丁を持つのは初めてです。
私がそう言うと、彼は少し困った顔をしました。私は何か悪いことを言ったのでしょうか?よくわかりません。
 言われた通り猫の手で野菜を刻みます。彼のようにリズミカルにはいきません。難しいものです。
「覚えが早いからそのうち慣れるよ」
 本当でしょうか?不安です。そんな私をやっぱり彼はフォローしてくれます。
「ビビちゃんならいいお嫁さんになれるよ」
 いつか好きな人のために私は料理を作れるでしょうか?『お嫁さん』とは考えたことがありませんでした。そんなことを考えてたからでしょう、指を少し切ってしまいました。
「た・・・」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「初めは誰もそうだから」
「サンジさんもですか?」
「そう」
 彼は大丈夫だという私に絆創膏を貼ってくれました。かわいいキャラクターの絵がありました。怪我をしたのにうれしいです。かわいい絆創膏を貼るのは初めてです。
 指の傷口から血はあまり流れませんでした。じくじくしますがこれくらい平気です。もうひとつの痛みに比べたら全然平気です。

 私の中にはたくさんの棘があります。
 みんなと一緒のときは痛くありません。でもひとりになると痛み出します。時々泣いてしまいそうになります。
 でも泣く自分は嫌いなので、唇を噛みしめます。
 泣いていてもどうすることもできません。泣いて何もできないと悲しむよりも、笑って強くあろうと思います。
 だから毎朝、鏡に向かって笑いかけます。
 ―――私はうまく笑えてるでしょうか?

 私の中の棘は時々、夢にも現れます。
夢の中で私は棘の道を歩いています。私の通った後は真っ赤になっています。足の裏は真っ赤です。でも先に進まなければならないので、傷はそのままで進みます。一歩歩くごとに痛みが増しますが先に進まなければならないので仕方ありません。世界はどんどん赤くなります。
 この夢を見た次の日は、いつも枕がぬれています。なぜこうも私は汗っかきなんでしょう?



 少しずつ船は私の国に近づきます。
 国は大変な事になってます。私一人で止められたらいいんですが、私は無力です。みんなの力を借りなくてはいけません。
 仲間だと言われてとてもうれしいです。
 でも仲間じゃないんです。私はみんなを利用しようとしてるだけです。ヒドイ人間なんです。だから・・・そんな優しくしないで下さい。私はどうすればいいのか分からなくなってしまいますから。



 私の国まで後もう少し。そのわずかな時間、私は今日もキッチンに向かいます。大好きな彼の話す彼女の話を聞こうと思います。
 今日は何を話してくれるでしょうか?
 楽しみです。


04/04/22 ★ CULT BITTER / キル